next up previous contents
Next: まとめ Up: 対外収支不均衡と貯蓄率 Previous: 日本の黒字は問題か

日米対外収支不均衡と日本の高貯蓄率

アメリカは日本のISバランスをとらえて、貯蓄超過が経常収支黒字を引き起こしたと非難し、日本政府にマクロ政策の方向転換、具体的には内需拡大のための財政出動を求めた。そして、日本とアメリカの対外収支不均衡の原因は、日本の高い貯蓄率にあると言わんばかりに、日本の構造調整を求めてきている。

3.2.1 日本は悪くない

代表的な国民経済計算の定義式(民間貯蓄ー民間貯蓄=財政赤字+対外黒字)より、確かに一国の貯蓄超過分は必ず経常収支黒字額と同じになるが、それはあくまで事後的な話であって、因果関係がそこに表現される訳ではない。つまり、貯蓄超過と経常収支黒字のどちらが原因でどちらが結果なのかは、定義式の語らざるところである。つまり、アメリカ側の主張が正しいとは言えないのである

初期状態(貯蓄・投資均衡でかつ輸出・輸入均衡)のもとで投資縮小が起こったとすると、当然貯蓄超過になるが、それによって購買力の吸収運動がもたらされるために経済は収縮過程に入る。そのさいには、所得減少に応じて輸入が減るので、輸出がそのままなら輸出超過の発生となる。これが貯蓄超過の結果として輸出超過が生まれるケースである。

投資縮小 → 貯蓄超過 → 経済縮小 → 輸入減少 → 輸出超過

しかし、上記とは反対のルートも考えられる。すなわち、初期状態下で突然輸出が増えるケースを想定すると、経済が拡大して所得が増加するので、投資額が変わらなければ貯蓄超過経済が導かれることになる。

輸出増加 → 経済拡大 → 所得増加 → 貯蓄超過

日本の実態はどちらかというと、後者の方に近い。輸出超過が出発点だとすると、経済は拡大するからまず生産力が不足になり、設備投資が増加しなければならない。逆に貯蓄超過が出発点だとすると、経済は縮小するから生産過剰になり、設備投資は起こらない。日本を見てみると、輸出超過と並行して設備投資が増加した。すなわち、最初の原因は輸出超過であって、貯蓄超過ではないということになる。実際、まずレーガノミックスの実施によりアメリカの輸入意欲の高まりがあった。その吸引力に引っ張られ、日本の輸出が増加し、経常収支黒字が拡大した。日本国内では、輸入の増大につれて生産水準が上昇し、貯蓄も増え、経常収支黒字に応じて、事後的に貯蓄超過となった、と見るのが妥当であろう。

3.2.2 日本の有責度

アメリカの経常収支の悪化に対する日本の有責度の一応の目安として、植田和男氏の定量分析の結果を挙げてみる。1980年から84年にかけて、アメリカの経常収支は約1100億ドルの悪化をきたしたが、その変化幅の約9割が国内的要因に根ざした分で、日本政府・民間の貯蓄・投資バランスの変化によるとみられる分は、たかだか5%程度に過ぎなかった。(図表11)

実際、1981年には一国全体としてアメリカの貯蓄と投資はほぼ均衡していた。それがレーガノミックスによる、大減税と国防費の増強により、財政赤字が急増した。またその個人所得税の減税によって貯蓄率が低下したことにより、大幅に投資超過となった(図表12)。この時期日本は、逆に政府の赤字が大幅に縮小したので、貯蓄超過となっていった(図表13)。

3.2.3 ISバランスと競争力

国際競争力を無視して、貯蓄・投資バランスだけで経常収支を考えることにも問題があると言える。ここでは日本側とアメリカ側をわけて考えることにする

まず日本側であるが、国内で貯蓄超過となっている場合、供給超過が生じる。この供給超過分は、日本の商品の国際競争力が低ければ、他国に輸出することができない。そうなると、供給超過が出ないようなレベルまで、生産を縮小することになる。すなわち、貯蓄超過が輸出超過につながるのは、その国の商品に高い競争力がある時のみということになる。また先ほど述べた、輸出超過が貯蓄超過をもたらす場合は、国際競争力がなければ、輸出超過が始めから起こらないので、考える必要はない。結論は、日本の商品に国際競争力がなければ、貯蓄超過と輸出超過が同時に起こることはなかったということになる。

次にアメリカ側である。貯蓄不足の分国内供給が不足している状況である。これをアメリカは、輸入超過によってまかなうという形をとったわけだが、これは国内生産を増やしても良かったわけである。それが出来なかったのは、アメリカの商品に競争力がなかったからと考えられる。結論として、競争力がなかったがゆえに、貯蓄不足が輸入超過という結果を引き起こしたと言える。

このように考えてくると、まずアメリカは国内の産業の競争力を強化することを考えるべきである。日本とアメリカの競争力の差がなければ、経常収支の不均衡は、もう少し小さいものになっていたはずである。SIIのアメリカ側の改善項目の中にも、競争力の強化に関係するものがある。この日米間の競争力の差を無視して、貯蓄・投資バランスのみから、日本の高貯蓄を責めることは出来ないと言える。

3.2.4 世界的貯蓄不足

今後、ECの市場統合、旧ソ連・東欧諸国の民主化・市場経済への移行、又、少し前の話になるが、東西ドイツの統合などにより、世界的に投資需要が高まり、これに対して世界全体としての貯蓄の供給が不足すると予想されているgif。投資需要をまかなうためには、それに見合う貯蓄が必要であるが、旧ソ連・東欧諸国には十分な貯蓄がないため、国内の投資のために、海外からの資本輸入が必要となる。先ほども述べたが、経常収支が黒字であるというのは、自国の貯蓄の一部を、他国の投資のファイナンスのために提供していることである。世界経済の中でこれまでは、日本と西ドイツが貯蓄の供給者であった(図表14)。しかし東西ドイツの統合によって、ドイツから外国への貯蓄供給は減少した。もしこの状況下で、日本の貯蓄率が低下し、世界全体の貯蓄と投資のバランスが崩れると、それは世界的な実質金利の上昇をもたらす。そして、累積債務問題の再燃・深刻化をもたらし、一部の国では不況を引き起こし、世界経済にとって望ましくない効果をもたらす。この様に考えてくると、今日本が貯蓄率を低下させる政策をとることは望ましくないということになる。



Fumihito Maegawa
Mon Mar 16 20:15:21 JST 1998