日本の貯蓄率を考える前に、まず日本の黒字に問題があるのかどうか考えてみる。「図表9」は91年までの貿易収支・経常収支の推移を示している。また「図表10」には経常収支の対GNP比の動きが示されている。この2つの表を見てみると、日本の経常収支黒字は80年代半ばまで拡大し、80年代後半には予想以上のスピードで縮小したことが分かる。歴史的に見て、対GNP比で2%以上の黒字を6年続けた程度の経常収支黒字は、他の黒字継続国に比べて大した大きさではない。経常収支黒字が対外純投資ポジションの対GNP比を発散させるほどの、大幅で持続的なものであるとすると、その他の国の対外債務残高が発散することになるので、世界経済にとって望ましくないと言えるかも知れないが、このような可能性は存在していないと言えるであろうし、日本の対外純資産残高が世界的に許容できないような大きさになるとも考えられない。それでは、なぜ日本の黒字がこれほど問題とされるのであろうか。
まず一つ目に考えられるのが、財の輸出の急増による貿易摩擦の発生である。1950年代の繊維問題に始まり、鉄鋼・カラーテレビ・自動車・半導体・VTRと、日本からの様々な財の輸出増加が輸入国で問題となった。財の範囲は次第に拡大していき、小土な技術を必要とする財にまで波及していった。そして対外摩擦は、財の取引だけでなく、サービス取引や投資にまで拡大し、最近では技術摩擦も生じている。このことが日本の経常収支黒字を、数値以上に問題とさせているのであろう。次に考えられるのは、日米関係である。アメリカの対日貿易赤字の拡大により、日米間で対外経常収支の不均衡が起こった。日本はその是正を強く求められている。このため、日本の黒字が非常に問題のように思われているのである。
しかし世界全体でみると、黒字の国があれば、必ず赤字の国がでてくる。よって、イメージだけで黒字を問題ととらえることは、、間違っている。実際日本が黒字を出すことによって、世界的にプラスとなっている面も考えなければならない。次にそのことについて述べる。
日本は経常黒字を通じて、海外へ資金供給を行なっており、この機能は世界経済にとって重要な役割を果たしているとして、プラスの評価も与えられている。日本の黒字は、日本との経常収支不均衡に悩むアメリカに対しても、プラスに働いている面がある。それは、次のようなことである。今アメリカは、巨額の政府財政赤字に苦しんでいる。そのため政府は、市中から膨大な資金を吸収している。本来は、これだけの資金が政府に吸収されれば、金利が高騰し、民間経済にとって厳しいブレーキとなる。しかし日本が、巨額の黒字を生かして大量の資金を供給しているので、アメリカの資金市場では、金利がそれほど上昇しないですんでいる。つまり日本の黒字がアメリカをファイナンスしているということである。これは、経常収支が資金供給という面をもっているということと、経常収支による調整はマクロ的な経済活動を緩和する効果があるということの例であるが、この2つのプラス面を考えると、日本の黒字は重要であると言える。