それでは、日本にはどちらのモデルが当てはまるのであろうか。そのためにはまず、日本人が何のために貯蓄しているのかを明らかにし、その目的ごとの割合を調べる必要があるであろう。今回は、チャールズ・ホリオカ・横田直人・宮地俊行・春日教測の分析結果を参考して、考えていく。
この分析の用いた様々な尺度の中から、今回はもっとも総合的な尺度であると思われる広義の貯蓄のフローの全家計平均を用いることにする。(この場合、狭義の貯蓄は金融資産の蓄積の形の貯蓄を指し、広義の貯蓄は借り入れ返済の形の貯蓄も含めたものとしている。)これは貯蓄目的を、「老後目的・教育目的・結婚目的・住宅目的・耐久消費財目的・レジャー目的・納税目的・自営目的・病気目的・目的なし・遺産目的・その他」に分類している。この中で、最初の八つの貯蓄目的を、ライフ・サイクル目的とし、その後の二つ(病気目的と目的なし)をライフ・サイクル・モデルと整合的である予備的動機としている(図表15)。
結果は、ライフ・サイクル・モデルと整合的である目的が上位7位を独占し、これらの目的の構成比は97.7%にものぼる。遺産目的は8位にすぎず、その目的の構成比は1.1%にすぎない。遺産が世代間の利他主義によるものであると仮定すれば、遺産目的は王朝モデルと整合的であるが、そうだとしても、王朝モデルと整合的である目的の構成比は1%にすぎない。したがって、日本ではライフ・サイクル・モデルの適用度がきわめて高く、王朝モデルがほとんど当てはまらないかのように見える。
しかし、ここまでライフ・サイクル目的として分類してきたもののうち、教育目的と結婚目的は、子供への移転を伴う目的であり、土地・住宅は多くの場合生前贈与または遺産として子供に残されるため、住宅目的も世代間の移転を伴う目的である。もしこれらの目的のための貯蓄が完全に世代間の移転のためであり、かつこれらの移転も遺産の形の移転も世代間の利他主義によるものであれば、これらの目的はライフ・サイクル・モデルではなく、王朝モデルと整合的であることになる。そして、そうだとしたら、王朝モデルと整合的である目的の構成比が43.9%にまで上昇し、ライフ・サイクル・モデルと整合的である目的の構成比が54.8%にまで下降する。
しかし、この場合でも、ライフ・サイクル・モデルと整合的である目的の構成比が王朝モデルと整合的である目的の構成比よりもかなり高い。しかも、住宅がたとえ生前贈与または遺産として子供に残されるとしても、移転されるまでは本人がそれを使い、住宅目的のための貯蓄が完全に世代間の移転のためであるとは考えにくいし、日本では、世代間の移転は主に世代間の利他主義ではなく、利己主義によるものである。日本人の生前贈与や遺産は、主に子供に老後の面倒をみてもらったことに対する見返りであり、間接的には老後の生活を賄うために使われるのである。したがって、王朝モデルと整合的である目的の構成比は実際は43.9%よりもはるかに低く、ライフ・サイクル・モデルと整合的な目的の構成比は54.8%よりもはるかに高いと考えられ、日本におけるライフ・サイクル・モデルの適用度はきわめて高いと言える。