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ライフ・サイクル・モデルと王朝モデル

もっとも単純なライフ・サイクル・モデルによれば、人々は、若い間は働き、老後に備えるために稼いだ所得の一部を貯蓄に回す。そして、年をとったら退職し、それまで蓄積した貯蓄を取り崩すことによって生活を賄う。しかも、退職後は、死ぬまでに貯蓄をちょうど使い果たしてしまうよう貯蓄を取り崩す。したがって、生前贈与も遺産もまったく残さない。

それに対し、王朝モデルによれば、人々はみずからの消費・余暇のみならず、子孫の消費・余暇からも効用を得るため、貯蓄の一部を生前贈与または遺産として子孫に残す。したがって、人々が子孫に生前贈与・遺産を残すか否かによって、ある経済においてライフ・サイクル・モデルが成り立っているか、王朝モデルが成り立っているかを検証することができるかのように思われているgif

しかし、物事はそう簡単ではない。なぜならば、ライフ・サイクル・モデルも生前贈与・遺産の存在を説明しうるからである。上に述べた説明は、もっとも単純なライフ・サイクル・モデルの説明であり、いくつかの極端な仮定を前提としている。例えば上述の説明は、死期が確実であるか、不確実であるものの、終身年金制度が整備されていると暗に仮定している。死期が確実であれば、利己主義的な人々は、退職後、死亡するときまでに貯蓄をちょうど使い果たしてしまうよう貯蓄を取り崩すはずであり、死期が不確実であっても、終身年金制度が整備されていれば、利己主義的な人々は全財産を終身年金の形でもつことを選択するはずである。いずれの場合も、人々は遺産を一切残さない。ところが、死期が不確実であり、終身年金制度が整備されておらず、かつ人々が危険回避的であれば、人々は長生きする可能性に備えて多めに貯蓄をし、比較的若くして死亡した人々は意図せざる遺産を残す結果となる。したがって、遺産が意図せざるものであれば、ライフ・サイクル・モデルと整合的である。

また、死期が不確実でありながらも、終身年金制度が整備されていなければ、利己主義的かつ危険回避的な人々は子供と「家族内の暗黙的年金契約」(intra-family implicit annuity contract)を結ぶことを選択するかもしれない。「家族内の暗黙的年金契約」とは、親が比較的若くして死亡した場合は、祖どもが残った財産を相続し、親が比較的長生きし、みずからの貯蓄が底をついた場合は、子供が親の面倒をみるをいった内容の契約である。このような契約の場合も、子供に遺産が残されることがあるが、その遺産は世代間の利他主義によるものではなく、みずからの老後の生活保障といった利己主義的動機によるものであり、ライフ・サイクル・モデルと整合的である。

「家族内の暗黙的年金契約」の一つの変形として、土地・住宅を遺産として子供に残す代わりに死ぬまで子供に面倒をみてもらうといった暗黙的年金契約がある。多くの人は死ぬまで自分の家に住みたがるため、家を売却してその代金で老後の生活を賄うことを避けようとする。自己保有の居住用不動産を担保に、年金方式で生活費などの融資を受け、その返済は死亡時に担保物件の譲渡によって行う「リバース・モーゲッジ」(reverse mortgage)の制度が整備されていれば、死ぬまで自分の家に住みながらも、老後の生活を賄うことができる。ところが、そういった制度が整備されていなければ、死ぬまで自分の家に住みたい人は金融機関とではなく、自分の子供と「リバース・モーゲッジ」と同じ仕組みの暗黙的年金契約を結ぶことを選択するかも知れない。

さらに、介護士、老人ホームなどが不足していたり、高齢者が、赤の他人に世話・介護をしてもらうよりは自分の子供に世話・介護してもらった方がいいと考えれば、老後における世話・介護を子供にしてもらい、その見返りとして遺産を残すといった内容の暗黙的年金契約を子供と結ぶかもしれない。このような「交換動機」(exchange motive)の場合も、子供に遺産が残されるが、その遺産は世代間の利他主義によるものではなく、老後における世話・介護の代償であり、ライフ・サイクル・モデルと整合的である。

この「交換動機」の一つの変形として、「戦略的遺産動機」(strategicbequest motive)がある。「戦略的遺産動機」とは、世話・介護をしてくれなかったら相続権を排除するぞと子供を脅かすことによって子供に世話・介護をさせるといった動機であり、この動機の場合も、子供に遺産が残されるが、その遺産は、子供に老後における世話・介護をさせるための手段であり、ライフ・サイクル・モデルと整合的である。

要約すると、人々が遺産を残したとしても、それが意図せざる遺産であったり、「家族内の暗黙的年金契約」(リバース・モーゲッジも含む)、「交換動機」、「戦略的遺産動機」といった利己主義的遺産動機による位とされた遺産であれば、ライフ・サイクル・モデルと整合的である。したがって、ある経済において遺産が多く残されていたとしても、その経済においてライフ・サイクル・モデルが成り立っておらず、王朝モデルが成り立っているとは限らない。

しかし、人々が世代間の利他主義を抱いていたとしても、遺産を残すとは限らない。例えば、親の生涯所得に対して、子供の生涯所得が高ければ、親が世代間利他主義を抱いていたとしても、親が子供に遺産を一切残さない可能性がある。また、子供が親の遺産を当てにして働かなくなることを危惧し、子供に遺産を残さない親も、世代間の利他主義を抱きながらも遺産は残さない。したがって、ある経済において遺産が少なかったとしても、その経済において王朝モデルが成り立っておらず、ライフ・サイクル・モデルが成り立っているとは限らない。

要するに、ある経済においてライフ・サイクル・モデルが成り立っているか、王朝モデルが成り立っているかは、遺産の有無と量からだけでは判断できない。いずれかのモデルが成り立っているかを明らかにするためには、残されている遺産が意図せざるものであるのか、意図したものであるのか、また意図したものであるとしたら、どういった動機で残されているのかを明らかにしなければならない。



Fumihito Maegawa
Mon Mar 16 20:15:21 JST 1998