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3.5.2 初期段階の質的な人的資本の蓄積とR&D投資の関係について

2つ目の仮説は,Romer(1990b)による仮説で,人的資本の高い経済では,それに対するR&D投資を促進させ,より多くの技術進歩をもたらすというものであるgif.この仮説の特徴は,(1)質的な人的資本の水準がR&D投資を活発化させること,(2)その結果として技術進歩が起こり,経済成長率が高まるということ,の2つである.

この仮説を検証するために,初期時点の質的な人的資本の水準がその後のR&D投資と政府教育支出に影響を与えるのかについて実証分析をすることにする.政府教育支出も加える理由は,R&D投資は民間による質的な人的資本への投資を表し,一方で政府教育支出は公的観点による質的な人的資本への投資を表すと考えられるため,両者とも含める必要があると考えられるからである.なお,質的な人的資本としては,これまでと同様に,教育の普及を表す学校登録率と教育水準を表す学校修学度を用いることにする.

以上この2点について検証するわけであるが,問題は横断面分析をするためには,各経済地域のR&D投資に関するデータ系列が不可欠である.しかし,このデータ系列は入手困難であったため,投資のGDPシェアを代理変数として用いることにする.

初期時点における教育の普及と投資との関係を推計した結果は,表gifになった.

  
表: 投資率と初期時点の教育の普及の関係

この結果から言えることは,一つ目に,初等教育と中等教育の登録率は,有意にその後の投資率に対して正の効果を与えていることである.これは,初期段階の人的資本の水準がさらなる人的資本投資を呼び込み,人的資本の高い蓄積を産み出したのだと考えられ,Romer(1990)の仮説とも整合的であると解される.

2つ目は,高等教育における学校登録率はマイナスの値を示し,さらに統計的な有意性も低い点である.これは,先述したのと同様に,当時の高等教育を受ける人口が限定的であったことに起因すると思われる.

3つ目は,東アジアの係数は,初等教育と中等教育共に正の寄与を持っているが,統計的な有意性から考えると,特に初等教育については他の地域との違いがみられない点である.もっとも,中等教育については全サンプルの係数に比べて高い係数値を示しており,特に東アジアでは中等教育の教育水準が,投資に与えた影響が考えられる.

まとめるなら,(1)初等教育と中等教育における教育の普及が投資率に与える正の影響が見られ,(2)特に東アジアでは,中等教育の普及が投資率により強く寄与し,その後の質的な人的資本の蓄積に正の寄与を与えたと考えられる.

次に,初期段階における教育水準と投資率の関係を推計した場合,結果は表gifのようになった.

  
表: 投資率と初期段階の教育水準の関係

男性と女性の学校修学度は両方とも投資率に対して正の効果を持っていたことが明らかになった.このことから,初期段階の教育水準が,その後の投資率へ正の効果があることが確認されたことになる.

しかし,東アジアの係数は,男性と女性とも統計的な有意性を確保していない.これは,東アジアでの学校修学度は正の効果を有していたものの,他の地域との違いはそれ程なかったことを意味すると思われる.

まとめるなら,たしかに初期段階における質的な人的資本の水準は民間投資を呼び込む効果を持つものの,東アジアで特に大きな効果を持っていたわけではないことになる.

次に,政府教育支出を被説明変数とし,段階別学校登録率と学校教育修学度を説明変数として同様の分析をおこなった.まず,段階別学校登録率を用いた場合の結果は,表gifのようになった.

  
表: 政府教育支出と初期段階の教育の普及の関係

今回の推計では,初等教育の登録率以外では,統計的に有意な結果が得られなかった.東アジアの係数も全て有意ではなかったことから,初等教育の教育登録率以外は政府教育支出に影響を与えた可能性は低いと考えられる.

そして,学校教育修学度を説明変数にした場合は,表gifの結果となった. この推計では,全ての変数について,有意な結果が得られなかった.

  
表: 政府教育支出と初期段階の教育水準の関係

以上の結果をまとめると,初等教育の学校登録率以外は,政府教育支出へ寄与する程度は低いということになる.この結果は,次の理由によるものだと思われる.

政府の教育政策は,国民の教育水準が低かったり,また教育の普及が進んでなかったりする場合に,より積極的に策定されると考えられる.逆に,教育水準が高かったり教育の普及が進んでいたとしても,教育支出を削減するとは考えがたい.つまり,政府の行う教育政策というものは,国民の人的資本の蓄積の程度からは無関係に決定されると考えられるのである.この様に考えるなら,初期段階の質的な人的資本の水準と,その後の政府教育支出との間に,有意な関係が見られなかったとしても納得がいくと思われる.



Tomoya Horita
1999年11月02日 (火) 15時39分30秒 JST