貯蓄の世代間移転および国際的移転に関する研究
岡部貴士 : 総合政策学部3年
堀田朋也 : 総合政策学部2年
1998年度 春学期
岡部研究会レポート
(1998年9月22日改訂)
本論文作成にあたっては、丁寧で懇切なご指導をして下さった岡部光明教授、有益なコメントをして下さった岡部研究会のメンバー、資料入手にもご協力下さったメディアセンターの方々に感謝したい。
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概要
- 経済活動によって生み出される所得は、通常それが全額支出されるのではなく、一部は貯蓄に回される。そうした貯蓄の多寡あるいは用途は、経済の長期的な成長力を左右するものである。また貯蓄の配分の仕方は、公正の観点からも経済政策の重要課題である。本稿では、貯蓄に関する二つの側面を取り上げて検討する。第1部では、一国内における貯蓄の世代間移転を巡る問題、具体的には公的年金の意義とその制度改革に関する問題を取り上げる。第2部では、貯蓄の国際的移転を巡る問題、とくに資本取引のグローバル化によってそれがどの程度円滑化しているのかを検討する。
- 年金とは、勤労期の貯蓄を運用して退職後の生活水準を維持するためのものであり、それには大別すると、政府が強制的に加入させる公的年金と個人が自らの意志によって加入の是非および契約内容を選択できる私的年金との2つが存在する。国民一人一人の消費者主権に従えば、老後の所得を私的年金のみに任せるべきだと考えられる。しかしそうした年金スキームでは、(a)インフレーションや一般生活水準の上昇といった「将来の不確実性」に十分対応できないこと、(b)人々の近視眼的な消費行動などの「個人の非合理性」があるため予想し得ない困難に陥る可能性があることなど、個人にとっても社会全体にとっても望ましくない場合が発生する。このため強制加入による公的年金制度の存在が指示される。公的年金制度には、(1)年金の財源として社会保険料の積立金とその運用収益を充てる「積立方式」と、(2)年々の年金給付をその年の年金財政収入で賄う「賦課方式」の2方式が存在する。わが国の公的年金制度は、積立方式と賦課方式の混合方式で運営されてきた。両方式にはそれぞれ利点があるが、人口高齢化が進行する下では、年金財政が逼迫し将来世代の負担が増加するという賦課方式の持つ問題点が近年深刻化している。この問題の根本的解決のためには、一般財源による負担率引上げや積立方式への移行が望ましい。積立方式には、インフレ等の不確実性に対して無防備である等の弱点があり、また移行期にはいわゆる「二重の負担」が発生することなど問題があるが、前者については公的年金制度以外のいくつかの政策オプション、例えば私的年金貯蓄の優遇策、等を組み合わせること、後者については公債発行による財源調達を行い負担の長期分散化によって対応することが可能である。
- 資本の国際移動があまり見られない状況では、一国の経済成長力を左右する投資は、国内の貯蓄動向に左右される。一方、資本取引がグローバル化した状況では、国内貯蓄が不足しても海外の貯蓄でまかなうことが出来るため、国内投資の動向と国内貯蓄の動向はさして関連を持たなくなると予想される。 ところが、Feldstein and Horioka (1980)は、長期的に国内投資と国内貯蓄との間に強い相関が見られることを実証し、それまで資本は流動的だと信じられていた世界に大きな波紋を投げ掛けた。その後、様々な研究者がその賛否に関する論文を発表しているが決着はついていない。このように、資本取引がグローバル化した下でも国内投資と国内貯蓄との間に強い相関が観察されるという一見矛盾した現象は、Feldstein-Horioka Paradox として知られている。本稿では、FHの研究を踏まえた上で、(1)為替リスク、(2)大国の影響、(3)経常収支と貯蓄の関係、(4)貯蓄と投資に共通な要因の影響、などを考慮に入れた最近の研究成果を幅広く概観することによって彼らの結論に再考察を加え、資本の流動性の意義に考察を加えることを目的としている。結論は、FHが示した程ではないにしろ、資本の流動性は高くはないということである。資本の流動性を低下させホームバイアスを強める原因としては、(1)税制などの政策による資本移動の制限、(2)金融市場の不完全性による海外資産にかかる高い取引コスト、(3)国内資産と海外資産との間にある情報の非対称性、などが考えられる。今後、日本を含めた先進国では、高齢化社会の進展に伴う貯蓄率の低下から生じる貯蓄不足を海外からの借り入れで賄うことが出来るかどうかが、政策担当者にとって重要な課題になる。こうした場合、国際的な資本移動を活発にするためには、各国の金融市場の統合を進め、金融資産に関する情報の開示を促すなかで情報の非対称性を緩和し、ホームバイアスを強める要因を除去していく必要がある。
キーワード:公的年金、人口高齢化、年金財政の逼迫、
積立方式、賦課方式、積立方式移行期の二重負担、
Feldstein-Horioka Paradox、資本の流動性、投資と貯蓄の相関、
ホームバイアス、リスク回避的行動、情報の非対称性
目次
第一部:公的年金改革の論点と改革試案 - 人口高齢化にどう対応するか -
第二部:国内貯蓄と国内投資の関係について - 資本取引のグローバル化はそれを希薄化させているか -
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