このシミュレーションは貯蓄率から就業者あたりの資本ストックや、一人あたりのGNPをシミュレーションし、今後訪れる高齢化社会が、過去の資本蓄積によって豊かな社会になるかどうかを明らかにしようとしたものであり、その前提は 以下のようなものである。
人口は、14才以下(年少人口)、15才以上64才以下(生産年齢人口)、65才以上(老年人口)の、3つのグループにに分割し、厚生省人口問題研究所の中位推計を用いている。
労働人口は、15才以上64才以下の一定割合(ここでは74%)としている。
経済変数はすべて1980年価格での実質値であるように選んでいる。
所得はすべての人に平等に配分され、14才以下の人々は貯蓄をせず、15才以上64才以下の人々は所得の一定率を貯蓄し、65才以上の人々は貯蓄を取り崩すとしている。これらの3つの貯蓄額の合計が国民貯蓄額である。65才以上の人々の貯蓄率は所得のマイナス6%(マイナスは貯蓄を取り崩していることを示す)としている。
GNPは、労働と資本によって生産され、資本の所得者と労働者に分配される。生産関数は単純なコブ・ダグラス型である。ただし、技術進歩を考慮している。
人口の年齢別構成が非常に重要となるので、まず、このことから述べたい。全人口に占める高齢者の比率は、1990年の11.9%から2010年には20.0%へと急激に増大し、2030年には23.1%にまで上昇する。(ここで用いている人口推計値は、厚生省人口問題研究所が1986年に行った推計の中位値である。)
全人口に占める就業者の比率は1990年の52.1%から2010年には46.1%へと減少し、2030年には44.8%にまで低下する。(図表3)
ここで、高齢者の比率の急激な上昇に比べ、就業者の比率がそれほど大きく低下しないのは、高齢者の増大とともに子供の数が減少していることが大きな影響を与えているからである。全人口に占める14才以下の人口と65才以上の人口の和の比率(従属人口比率)を見ると、1990年の30.6%から2010年には38.6%へと増大し、2030年には40.3%にまで増加するが、その増大のテンポは高齢人口比率ほどではない。従属人口比率の上昇テンポが、高齢人口比率の上昇テンポより低いということは、高齢化社会の憂鬱さを取り除く可能性として、先ほど指摘した二つめの点が正しいと言えるであろう。
それでは、このシミュレーションの結果を見ていくとする。
一人あたりのGNPは1971年から90年にかけては1.95倍になっているが、90年から2010年にかけての伸び率は1.36倍に低下する。さらに2010年から2030年にかけては1.29倍になる。2010年から2030年にかけての伸び率が大幅に低下しないのは、高齢化のピークが2020年であって、2010年から30年にかけて高齢化がさらに深刻になるわけではないからである。
注目すべきは、賃金の変化である。賃金は1971年から90年にかけては1.93倍になっているが、90年から2010年にかけての伸び率は1.54倍に低下するにすぎない。しかし、2010年から2030年にかけては1.33倍とさらに低下する。
一人あたりのGNPの伸び率は、1971年から1990年までの1.95倍に対して、1990年から2010年にかけて、1.35倍と大幅に低下する。しかし賃金の上昇率は、1.93倍から1.53倍へ低下するのみで、一人あたりのGNPに比べて伸び率の低下が小さい。これは、資本が蓄積される一方、労働人口が減少し、一人あたりの資本ストックが増大しているからである。また、2010年以降、一人あたりのGNPの伸び率が大幅に低下しないのに、賃金の伸び率が大きく低下するのは、就業者一人あたりの資本ストックの伸び率が小さくなるからである。
就業者一人あたりの資本ストックは1970年から90年にかけては3.54倍になっているが、90年から2010年にかけては1.78倍になり、さらに2010年から2030年にかけては1.24倍になる。このような資本蓄積が、賃金を上昇させ、高齢化社会の経済力の低下を防いでいるのである。資本ストックをつくるのはいうまでもなく貯蓄であるが、今回のこのシミュレーションでは、貯蓄率は、1990年の18.0%から2010年には15.4%、2030年には14.7%とわずかずつ低下するのみとなっている。(図表4)
高齢化社会の憂欝さを救うための一つの考え方として、高齢者も就業するとしてみる。このシミュレーションでは、一つの例として、高齢者の就業率が5%ポイント上昇すると仮定している。
この場合、一人あたりのGNPは、標準ケースに比べて、2010年で約1.8%、2030年で約2.5%増大するとしている。賃金の上昇の度合いは、就業者一人あたりの資本ストックが減少することによって、標準ケースよりもむしろ小さい。賃金は標準ケースに比べて、2010年で0.4%小さく、2030年では0.1%小さい。(図表5)
つまり、高齢人口の労働参加率が上昇すると、生産する人口が増えるため、一人あたりのGNPは上昇するが、就業者一人当たりの資本ストックが減少することにより、賃金は減少するということである。
高齢化社会の憂欝さを救う方法として、より多く貯蓄し、より多くの資本ストックを蓄積するという可能性も考えられる。このシミュレーションでは、一つの例として、高齢者が貯蓄を取り崩さないと仮定して、シミュレーションしている。これは先ほどの仮定の、高齢者の貯蓄率をマイナス6%から0%にするという方法で行われている。これは、社会全体の貯蓄率でみると、約1.4%上昇させることに等しくなる。
結果は、一人あたりのGNPは標準ケースに比べて、2010年で約2.5%、2030年で約4.9%増大している。賃金の上昇の度合いは、就業者一人あたりの資本ストックが増大することによって、標準ケースよりもさらに大きくなる。賃金は標準ケースに比べて、2010年で2.5%、2030年では4.9%大きい。(図表6)
つまり、高齢者が貯蓄を取り崩さないでいたとすると、就業者一人あたりの資本ストックの上昇により、賃金が上昇し、さらに、一人あたりのGNPも上昇するということである。この結果を見ると、先ほど指摘した3番目の点が正しいと言える。すなわち、高齢者の貯蓄の取り崩しが大きくなければ、高齢化社会は過去の資本蓄積によって、若者が効率的に生産できる豊かな社会になるということである。
上にあげた二つは、高齢者の労働参加率が高まるケースと、高齢者の取り崩しがないケースを別々にあつかっているが、高齢者が労働すれば、その分余裕ができて貯蓄を取り崩さないというケースも考えられる。原田。・高田氏はこのように、両方の場合が組合わさった場合のシミュレーションも行っている。すなわち、高齢者の労働参加率5%、高齢者の貯蓄率が0%とおいて計算を行っている。
結果は、一人あたりのGNPは、標準ケースに比べて2010年で約4.3%、2030年で約7.5%増大している。賃金も標準ケースに比べて2010年で2.1%、2030年で4.7%増大している。就業者一人あたりの資本ストックも、標準ケースに比べてかなり多い。(図表7)
この結果と、先ほどの2つのシミュレーション((1)労働参加率上昇の場合と(2)貯蓄率上昇の場合)を比べてみる。(1)の場合と比べると、一人あたりのGNPも、賃金も、両方とも大幅に上昇している。これは、資本蓄積によって労働者が効率的に生産できるようになるからだと思われる。(2)の場合と比べると、賃金がわずかに減少する。これは、高齢者の労働参加率の上昇によって、(2)の場合よりも、就業者一人あたりの資本ストックがわずかに小さくなるからである。その代わり、(2)の場合よりも、労働者が増えるため、一人あたりのGNPは大幅に上昇する。こうしてみると、この(3)の場合が一番良い結果を得られていると言える。
標準ケースのシミュレーションでは、1970-1990年の貯蓄パターンが将来も続くものとして計算されており、その結果、将来の貯蓄率は14.7%程度までしか低下しないとなっている。しかし公的年金の充実化のため、将来の貯蓄率はもっと大幅に低下する可能性もある。よって、高齢者の貯蓄の取り崩しが大きくなるという場合もシミュレーションされている。
1991年以降、高齢者の貯蓄率を標準ケースのマイナス6%からマイナス25%へと変更して、計算されている。そうすると、社会全体の貯蓄率は2010年に11.6%、2030年には10.3%にまで低下する。これにともない、一人あたりGNPは標準ケースに比べて2010年には8.2%、2030年には16.7%減少する。これは資本蓄積が貯蓄不足のために鈍化するのが原因で、就業者一人あたりの資本ストックは標準ケースに比べて2010年で21.5%、2030年で38.7%小さくなる。(図表8)
これは、高齢者の貯蓄の取り崩しが大きいと、世間一般的に言われているように、高齢化社会は憂鬱な社会になりかねないということを示している。