市場規律の強まりの影響に関する研究

−コーポレート・ガバナンスと銀行リスク−


浜田紘子 総合政策学部3年
嶋 頼彦 総合政策学部2年


1999年度 春学期
岡部研究会研究報告書
(1999年9月改訂)

本稿の作成にあたっては、懇切で思慮深いご指導をして下さった 岡部光明教授(慶應義塾大学総合政策学部)に深く感謝したい。また、 有益な議論を交わすことのできた岡部研究会のメンバーや学友にも 感謝の意を表したいと思う。さらに、第2部に関しては、Yahoo社の web sitehttp://quote.yahoo.co.jp/rate/に掲載されている銀行預金金利をもとに分析したものである。この研究のためにそのデータの利用をお許しくださったことに対して同社にも感謝したい。

なお、誤りに関する指摘やコメント等は、電子メールにてs97780hh@sfc.keio.ac.jp(浜田)s98469ys@sfc.keio.ac.jp(嶋)まで送信されたい。


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概要

最近およそ10年をみると、規制緩和、情報通信の技術革新、 金融取引のグローバル化など、経済全体の環境が大きく変化している。 その結果、経済主体の行動が市場規律によって支配される度合いが 強まっており、また経済の仕組みもその影響を受けて変化しつつある。 こうした視点に立ち、本論文の第1部では、日本のコーポレート・ガバナンスにおける 機関投資家の役割とその先行きを論じる。第2部では、金利自由化に 伴って目立ってきた銀行間における預金金利の格差の問題を取り上げ、 その実状と意味についての実証分析を行なった。

近年、主要国では、コーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割が大きくなっている。特に、 米国においては、機関投資家の株式保有率の上昇に伴い、その意向を反映させるような制度的改革がなされていることなどを背景として、コーポレート・ガバナンスの形態に変化が生じてきている。従来は、株式売却という 形をとった企業経営の監視が主流であったが、最近では株式を保有したまま株主としての立場から企業に直接はたらきかけ、 経営の刷新を図らせようとする動きが活発化している。具体的に は、 公的年金基金であるカルパースがこの面で積極的な貢献をしており、 「社外取締役の派遣」やそれを通じての 「CEOと 取締役会会長の分離」など、取締役会の改革が進められている。 一方、 日本では長い間メインバンクが有していたモニタリング機能の低下したため、企業行動の規律づけに空白が生じる一方、米国と同様、生命保険、 投資信託、年金基金といった機関投資家の企業行動への影響力が強まる気配を見せている。ただ、それは、米国のように株式保有を増加させることによるというよりも、 むしろ、年金基金 が 収益の悪化から運用機関の選別・監視を強めている結果による面が大きい。 すなわち、年金運用を委託されている生命保険や投資信託が株式の選別投資傾向を 強めており、このため、企業はそれを無視できなくなっている、 という点が特徴的である。 今後は(1)株式持ち合いの解消、(2)個人金融資産の流動化、(3)会計制度の 変更(経営の透明性を高めるための連結決算制度の変更等) などが進展すると見込まれるため、機関投資家の株式保有や資産運用の変化を 通し、 米国と同様に、日本においても機関投資家がコーポレート・ガバナンスを強めて いくことが予想される。その場合、米国の経験に照らせば、(1)機関投資家の 受託者としての責任を法制上一元化し明確化すること、(2)社外取締役の導入を 法定することで取締役会全体を活性化させること、が有効なコーポレート・ガバナンスにとって重要な課題であると考えられる。

わが国における預金金利は1994年に自由化が完了した(但し、当座預金を除 く)。 ここでは、最近時点において各銀行の預金金利の水準にどのような格差がみられるか を 実証的に分析した。その対象としては、インターネット上で利用できる143の銀行 を 取り上げ、それら銀行間の預金金利の格差を預金種類別、銀行業態別、地域別に 検討した。預金の種類別にみると、金利のばらつきは、(1)預入期間が長期にわた るほど 大きい、(2)預入金額が大口になるほど大きい、(3)固定金利よりも変動金利の 方が大きい、 との結果が得られた。これは、銀行が預金商品の差別化を図る場合、短期よりも長 期、 小口よりも大口、固定金利よりも変動金利の場合の方がそれぞれ対応しやすいことを 示唆している。一方、銀行間の預金金利にこうした格差がみられるのは基本的には 各銀行のリスクに格差があることによることが判明した。すなわち、リスクの大きい 銀行 (高い不良債権比率、低い自己資本比率、低い格付けの銀行)の場合、短期預金金利 についてはほとんど差が認められなかったものの、長期預金金利については、リスク プレミアムを含んだより高い金利が付けられる傾向がみられた。銀行はリスクを下げ れば 預金金利を引き下げて利益を増やすことが可能であるため、リスク管理体制を強化す る 必要がある。一方、公的当局は銀行がそうした行動をとるための環境整備を行なう必 要がある。

キーワード:コーポレート・ガバナンス、機関投資家、株主、カルパース(CalPERS)、
      受託者責任、社外取締役、預金金利自由化、変動金利と固定金利、
            流動性、リスクプレミアム、不良債権、自己資本比率
            
目次


第一部:日本のコーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割

第二部:銀行間における預金金利の格差とその原因についての実証分析





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