内外価格差が解消されることによって期待される重要な効果は、価格低下による
 消費拡大、実質所得の向上による需要増加というマクロの景気拡大への影響
 である
。いま一つは、すでに指摘したように
 、内外価格差によって生じている保護のコストの負担は、所得の低い家計に
 対して重いことから、内外価格差の解消は、所得税減税の議論と同じように、
 逆進性を是正することによってもきわめて大きな消費拡大効果を生むことが
 予想される。
 ここでは、1989年に佐々波・浦田・河井が行ったシミュレーション分析の
 エッセンスを引用する
。
(1)分析のフレームワーク
内外価格差の解消の効果の分析には国際経済学における関税率引き下げの効果の 分析を用いることができる。関税引き下げの効果としては、国内財と輸入財 の相対価格およびそれらの消費量、生産量ばかりでなく、他の財市場や 労働・資本といった要素市場にまで影響をおよぼす。 さらにその効果は商品の特性や国内外の市場条件の違い、長期あるいは短期 といった分析期間の違いによって異なる。
ここでは、1.他の市場への影響は無視しうるほど小さい(部分均衡)、 2.国内市場および海外市場では完全競争が成立している、3.日本の輸入量 の変化は輸入財価格に影響をおよぼさない(小国の仮定)、という基本的な 仮定に加えて、4.国内財と輸入財は製品差別化されている(不完全代替)、 という仮定の下で、単純なモデルを構築した。
このモデルを図示した図表10を用いて、内外価格差がなくなる、つまり輸入財価格が 下落する効果を検討してみよう。当初、輸入財市場と国内財市場ではそれぞれ Em、Edという点で需給が均衡しているとする。まず輸入財価格の低下(Pm →Pm’)によって消費者の需要は国内財から輸入財へシフトするので、輸入財 需要は需要曲線Dmに沿って増加する。一方、国内財の需要曲線Ddは輸入財への 代替のためDd’にシフトするので、国内財に対する需要は減少し、国内財価格は 下落する。その結果、国内財の生産量は供給曲線Sdに沿って、QdからQd’へ と減少する。しかし、国内財価格の下落は逆に輸入財から国内財への需要の 代替をもたらすため、輸入財の需要曲線も左下Dm’へシフトする。このような 輸入財市場と国内財市場の相互作用が収束した結果、新しい需給の均衡点は Em’,Ed’になる。 図表9によれば、内外価格差の縮小によって輸入財価格はPmからPm’へ 低下し、輸入量はQmからQm’へ上昇するので、消費者には利益をもたらす。 一方、国内財価格はPdからPd’へと低下し、国内財生産量(消費量でもある) はQdからQd’へ減少する。国内生産の減少は、雇用調整をもたらすことになる。
 内外価格差縮小によってもたらされる経済の各主体に対する影響を余剰概念
 
 を用いて
 分析すると次のようになる。まず、輸入財市場では消費者はa+bの利益を得る。
 このうちaの部分は内外価格差が存在していた状況の下では輸入業者のレント
 (関税が存在していたならば、aの一部は政府による関税収入である)であった
 部分であり、bの三角形は内外価格差が存在することによる消費の歪みを
 示している。国内財市場では消費者はcの利益を得るが、それは生産者がかつて
 享受していた利益(生産者余剰)を喪失したものに一致する。以上のことから
 、内外価格差の消滅によって生産者、輸入業者、政府から消費者への所得の再分配
 がおこなわれ、消費者は最終的にはa+b+cの利益(消費者余剰)を得ることに
 なる。
ここで、重要なのは内外価格差がなくなることによって、所得が生産者、輸入業者、 政府から消費者に再分配されることだけでなく、再分配の結果、経済全体で 利益を享受できることである。この利益は、価格の歪みがなくなることで、 資源がより効率的に使用されることによってもたらされるもので、図表10では 三角形bで表すことができる。
(2)シミュレーションの結果
日本の内外価格差がなくなった場合の日本経済への影響を図表10のモデルを 用いてシミュレーションを行った結果が図表11に示されている。 ここでは、分析対象品目としては産業連関表の529部門の なかから1989年時点での輸入額が10億円以上でかつ国内出荷価格と輸入価格 の差、つまり内外価格差が10%以上という51品目に限って分析がなされており、 そこから得られた結果を5分類に集計してある。
これによって内外価格差の解消による影響を見てみよう。
1.マクロ経済への影響:分析対象となった商品の輸入は2倍以上に拡大するのに対し 、国内生産は8.6%減少する。国内財の消費は減少するが、輸入財の消費が 大きく上昇するので、全消費(国内財+輸入財)は拡大する。その結果消費者余剰は 21兆円も上昇する。21兆円というのは分析の対象となった商品に対する 消費支出の18%、GNPの5.3%、民間消費の9.3%に相当する金額である。 消費者余剰の上昇は日本国民一人あたりでみると約17万円に相当する。
2.雇用への影響:国内生産量の減少による生産者余剰の喪失は13兆円である。 国内生産の減少は失業を生む。労働・生産比率を一定とした場合の推定では、 内外価格差の解消によって分析の対象となった産業における雇用は10%低下する。 これは労働者全体の0.5%にあたる。日本における失業率は2%前後で推移して いるので、さらに0.5%の失業が発生するとすれば雇用調整が大きな問題となる。
3.輸入業者と政府への影響:内外価格差の解消によって輸入業者は輸入品の 国内価格を高く維持することができなくなるので、レント(不労所得)を 失う。分析の対象となった商品に関しては、輸入業者によるレントの喪失は 3兆6000億円になる。レントの多くは規制されている輸入品を輸入できる 権利をなんらかの手段で獲得した業者にだけ特権的に与えられる所得であるので、 レントの消滅は日本経済全体にとっては好ましい。さらに、レントの発生は それを獲得するために資源のムダ遣いであるレント・シーキング活動を助長する ということを考慮するならば、レントの消滅による経済への好ましい影響は さらに大きなものになる。内外価格差が解消されることで政府は関税収入の 減少を余儀なくされる。ここでの分析では、輸入関税がゼロになることで政府収入は 4000億円減少する。これは一般会計における政府収入の約0.5%に相当する。
4.資源配分への影響:日本経済全体の獲得する資源配分の上昇(図表10のb) による利益は4兆2000億円になる。これは、GNPの約1.1%に相当する。 これは、日本の国防費よりも多く、日本のODA支出額の3倍以上の額である。
5.消費者への影響:消費者余剰上昇の消費支出に対する比率(ここでは消費者余剰 比率と呼ぶ)を用いて消費者への影響をみると、内外価格差がなくなることによって 最も大きな消費者余剰比率が得られる産業は金属・金属製品(44.5%)と 食料品(43.1%)である。このことは、金属・金属製品あるいは食料品に 関して内外価格差がなくなれば、消費者の満足度はそれらの商品の消費に支払っている 金額の4割以上上昇するということである。その他の産業における同比率は それほど大きくはないが、衣料・軽工業品で20.2%、化学製品では15.7%、 機械製品では8.9%となっている。
内外価格差の解消が望ましいとする結果が日本総合研究所からも出ている。 内外価格差解消による需要拡大効果を 推計した1993年のその研究によると、実質所得の増加は44.8兆円 にものぼり、上にみたシミュレーション結果の2倍以上にもなる (図表12参照)。この推計では内外価格差の解消とは、市場開放による 国産品と輸入品との競争によって、日本の国内価格がニューヨーク、ロンドン、パリ 、ハンブルク4都市平均まで下がることであると仮定しているのが特色である。 このような仮定を実現するには、国内での競争を妨げる規制の緩和もその前提となる。 流通での競争を阻む大店法や出店にあたって地元商店街への働きかけや調整に 必要とされる見えない費用や規制があれば、実際に国内小売価格はなかなか下がらない 。さらに国内運賃や郵便料金も企業・家計にとってはコストである。『物価レポート ’94』は日本の公共料金がアメリカ、イギリスに比べて電気、ガス、郵便、遠距離 電話、鉄道、バス、タクシー(図表13) とほとんどの分野において割高 (アメリカについては、1.29倍〜2.1倍、イギリスについては、 1.05倍〜3.17倍) であることを示している。運輸、通信、エネルギーといった 国内の諸分野についても規制緩和による競争促進が国内価格を引き下げる。
 内外価格差が解消される過程で、安い輸入品によって国産品が代替されるケースが
 あることは上にもみたとおりである。前述の日本総合研究所の研究では、
 日本の輸入比率が
 、日本を除く先進7カ国平均まで上昇した場合の国内生産への影響を32.9兆円
 と試算している。しかし、国内価格低下による需要増44.8兆円からこの32.9
 兆円を引いてもなお11.9兆円のマクロ効果がある。これは国民1人あたり9.9
 万円の需要増加にあたる。この結果は、佐々波・浦田・河井のシミュレーションで
 出た結果(6.8万円)に比べると国民一人あたり3.1万円の差が出ており、
 試算の方法によって結果には相当の差異がある。しかし、一人あたり6.8万円
 (佐々波・浦田・河井の推計)ないし、同9.9万円(日本総合研究所推計)   
 という金額は、
 93年度における一人あたりの雇用者所得517.4万円
のそれぞれ
 約1.3%、約1.9%   
 にあたり、93年度における
 一人あたりの雇用者所得の前年比が0.9%
 であることを考えると、内外価格差解消の効果は大きいといえる。
 景気回復の見通しが依然として不透明な現在、
 規制緩和による内外価格差解消に多くの期待が寄せられるのもこの大きな需要増加
 が予想されるためである。