総合政策学部4年 木上貴史
総合政策学部4年 風岡宏樹
岡部研究プロジェクト研究報告書
2007年度春学期(2007年8月改訂)
本稿の作成にあたっては、日頃から丁寧で親切なご指導をしてくださった岡部光明教
授(慶應義塾大学総合政策学部)に深く感謝と敬意を表したい。また、岡部光明研究会
のメンバーには、研究会や共同研究室(κ201)での議論においてとても有益かつ参考
になる意見を頂き感謝している。なお、本論文はインターネット上においても全文アクセスおよびダウンロード可能である。(http://www.okabem.com/paper/)
また、本稿に関するコメントや問題点等は、著者にご連絡いただきたい。
電子メールアドレス:木上 s04230tk@sfc.keio.ac.jp、
風岡 s04191hk@sfc.keio.ac.jp
近年の経済統計の分析においては、統計学自体が進歩していることに加え、物理学や 生物学において用いられる手法の援用も増えるなど、手法の多様化と発展が顕著である。 これらは当然ながら高度に専門的であり初学者が容易に利用できるものではないが、本 稿ではこれらのうち二つの新しい手法を著者なりに理解するとともに、その理解の妥当 性を確認するため実際の金融データに適用することを試みた。その結果、比較的納得の ゆく分析結果が得られたので、用いた解析手法をややていねいに解説するとともに、適 用結果を記述した。
まず第1部「不動産投資におけるリスクと価格決定.リスク中立確率のもとでのエ ッシャー変換を用いて.」では、不動産投資とREIT(不動産投資信託)の概要を取りま とめるとともに、不動産投資のプライシングを解説し、次いでJ-REIT(日本版不動産 投資信託)先物価格の推定を行った。近年、日本では景気上昇が続き、不動産価格も大 幅に高騰している。不動産投資は代替投資(預貯金・株式・債券などの伝統的な資産で はなく未公開株式や天候デリバティブズなどへの投資)の一つに挙げられ、その価値は 理論的にブラック・ショールズ式などから求めることができる。しかし、このような代 替投資の対象となる原資産は、株式や債券などとは異なって流動性が低いため、従来の 価格決定モデルをそのまま適用することは困難である。このためここでは、不動産一般 の価格を決定するモデルを導入するとともに、リスク愛好型とリスク回避型の2 つのタ イプの投資家を考慮し、危険回避度や危険の大きさをモデルに盛り込むためにエッシャ ー変換を使ってモデリングした。このモデルの妥当性を確かめるため、東証REIT 指数 を用いてエッシャーパラメーター(危険回避度)を推定し、それを変化させた時の先物 価格をモンテカルロ・シュミレーションによって推定した。その結果、リスク愛好型に なるにつれ先物価格が上昇することが判明した。これは、リスク愛好度が強まる場合に は不確実性が大きい先物に対する需要が増大することを考えれば、妥当な結果と判断さ れる。
第2 部「マルコフ連鎖モンテカルロ法の理解と実践 − TOPIX に対する感応度β の
推定 − 」では、近年、米国の学会等で注目されている「マルコフ連鎖モンテカルロ
(MCMC:Markov Chain Monte Carlo)法」という手法の概要を解説し、ついで現実
のデータに対する適用を試みた。MCMC を利用すれば、確率変数である未知のパラメ
ータθの平均値・標準偏差を求めることが出来る。すなわち、まず「マルコフ連鎖」(現
時点の値が一期前の値からのみ影響を受けそれより前の値からは独立であるという確
率過程)の2 つの要件である、未知のパラメータθの初期分布p θ0 と推移核p θn|θn.1
を仮定し、ついで無数の乱数列を発生させればθの新たな確率分布が求まるので、上記
の算出が可能となる。このようなMCMCは、日本でもようやく知名度が高まってきた。
しかし、回帰分析やニューラルネットワークのような手法とは異なり、大学生でも読み
こなせる入門書や、実際に動かすことができるプログラム例などがいまだほとんどない
ため、初学者が学習・活用するハードルはとても高い。そこで本稿では、著者自身が
MCMC について学習しながら、その内容を出来る限り易しくまとめた上で、実際のデ
ータに対して適用することによって理解の妥当性を確認した。そのため「トヨタの株式
投資収益率のTOPIX(東証株価指数)に対する感応度βの推定」を行った。感応度β
を求めるには、一般的に、X 軸にTOPIX の日次収益率、Y 軸に個別銘柄の日次収益率
をとってデータをプロットし、これに対して回帰分析を行って「係数β、切片α」を求
める。本稿では、回帰分析から求めたβが、MCMC を用いて求めたβの結果と一致す
るかどうかを確認することとした。今回の実験の結果、第一に、回帰分析では(β,α) =
(0.92506, 0.00027)、MCMC による推定では (β,α) = (0.92480,0.00027)となり、
両推計の誤差は極めて小さいものにとどまることがわかった。第二に、MCMC の推定
に際しては、初期設定として「事前分布」を与えるが、それをどのように設定しても回
帰分析による(β,α)の値に極めて近い値に収束することが明らかになった。つまり
未知のパラメータの期待値・標準偏差を推定したい場合、MCMC を用いれば、それを
十分な精度で予測可能であることが分かった。
キーワード:
キーワード:不動産投資、エッシャー変換、リスク、MCMC、事前・事後分布、尤度