60年代から現在にかけて,人的資本の高い蓄積が可能となった要因は何であったのだろうか.この点について,世銀(1993)の見解を中心に紹介していきたい.
まず第1は,逆説的ではあるが,急速な経済成長の結果である.これは,もし教育支出のGDPシェアが一定であったとしても,実質GDPが10倍になっていれば,教育にかけられる金額は10倍になることから明らかである.また,経済成長の結果として,雇用の増加や実質賃金の上昇,労働者の技術の収益率の上昇をもたらし,教育に対する需要を高めたことも考えられる.
第2は,人口増加率の低下である.学齢人口が低下するということは,同じ教育支出であったとしても,一人当たりに換算した場合の教育支出は上昇する.結果として,高い人的資本を蓄積したものと考えられる.
第3は,所得分配の平等化である.80ヶ国以上のクロス・セクション分析でのジニ係数の計測を行った世銀(1993)によれば,基礎教育への就学率と所得の不平等水準の間には,統計的に有意な負の相関がある.東アジアでは特にこの不平等度のが低く,結果として高い教育就学率を達成できたのだと考えられる.
以上が,東アジアにおいて人的資本の蓄積がすすんだ背景である.これらに留意し,今後高い経済成長を実現しようとする場合に取るべき政策を簡単に述べることにする.
1つ目は,教育投資を活発化させ,人的資本の蓄積を進めることである.その順序としては,(1)初等教育の就学率を高め,基礎的な教育の普及を進める,(2)男女の教育格差を解消する,(3)中等教育へと教育水準の高度化を模索する,(4)イノベーションを産み出す源泉となるであろう高等教育への投資や,R&D投資を活性化させる,ということになる.つまり,教育の普及から教育水準の改善へと質的な人的資本を蓄積していくことが最適であると考えられる.
2つ目は,人口増加率を低く抑えることである.教育支出を一定と考える場合,人口上昇率を低く抑制することで,一人当たりの教育支出は高まっていく.結果として,人的資本が高まっていくことになる.人口が上昇する背景には,(a)外性的に上昇する場合と,(b)経済が成長した結果,可処分所得が高まり,医療や基礎的な消費にかける金額が上がることで上昇するという内生的な場合,の2つがある.特に前者について抑制を行い,無秩序に人口が増えることを防ぐ必要がある.
3つ目は,国際的開放度を高め,一国の経済的厚生を高めることである.国際開放度の向上は,最適な資源配分を達成したり,競争を通じた生産性の上昇をもたらす.その過程では,同時に新しい製品に接することで新製品開発へのインセンティブなども高まる.こういった経験を通じて,人的資本は蓄積していくと考えられる.
この3点が,特に東アジアの高成長に鑑みた結果として導き出された政策である.もし,発展途上国が高成長を望むのなら,高い経済成長を達成した国の特性から様々な要素を学び,そして各国独自の特殊性を利点として政策を策定していく必要があると思われる.
以上