序章
 

  問題意識と研究の目的



 
 

体力低下の著しい間接金融から直接金融へ資金調達方法が移行する中、1996年1月に適債基準が撤廃された。これに伴い、ベンチャー企業でも起債が可能になり、 投資家はベンチャー企業のような成長企業に投資を行いハイリスク・ハイリターンを選ぶ事が可能となった。市場における投資家の自由度が高まり、それに伴い情 報の非対称性を解消する点において格付けの役割が期待されるようになっている。しかし実際には、投資家の「投機的等級格付け」と「投資不適格等級格付け」と の混同によるローリスク・ローリターン傾向の問題、また機関投資家が社内に「投資適格基準」を設けてA・AA格付けにしか投資せずハイリスクを負おうとしない 問題が存在している。それがひいては債券市場の活性を妨げ、ベンチャー育成阻害要因にもなると考えられる。特に、ハイリスクを負わない傾向は日本においては 顕著である。適債基準撤廃以前においては、社債発行企業は優良企業のみとされた経緯があり、投資家はジャンク債券に投資をする機会が皆無であった事が大きく 関係している。適債基準撤廃後も、ジャンク債券にリスクヘッジ手法を用いて投資する経験に乏しいため、今後どの様にキャッチアップを図ってゆくかが課題とな っている。

それに対して、間接金融を担う金融機関や銀行の預金者(投資家)はどうであろうか。同じくローリスクもしくはノーリスク・テイカーであると言える。それは、 そもそも銀行自体が保護された状態にあり、真のリスク・テイカー(Risk Taker)ではない事に起因する。バブル崩壊後、不良債権処理に伴う公的資金投入によっ て、大手都市銀行は経営危機を免れた。それは即ち、銀行が余りにも大きく、また抱える預金者数が多いため、潰すと経済への影響が計り知れない。よって大き過 ぎて潰せない(Too Big To Fail)のである。銀行がリスクを負わないならば、預金者はわざわざリスクを負おうとする必要が無い。銀行の倒産自体を起こさない事に よって金融システム安定化を図る「護送船団行政」は、預金金利や金融サービス・商品の均質化を生み、預金者はどの銀行でも安全で等質の金融資産を手に入れら れた。銀行は潰れないし預金者も特に逃げもしない。お互いがノーリスクというメリットがあった。これは、1997年頃まで続いた。

しかし、「金融機関不倒政策の唐突な放棄(北海道拓殖銀行、山一証券の倒産)」に始まり、長期信用銀行の相次ぐ一時国有化や地方銀行の倒産・救済合併など、 これまでの保護行政は終わりを見せている。即ち、預金者もリスクを考え、預金(投資)する対象の銀行を選別する時代が来たのである。

その一方で、銀行を選別するには銀行に関する情報が必要となるのだが、本決算における財務諸表を眺めたり、銀行が発行するディスクロージャー誌をつぶさに見 比べる事は、相当な労力を要するだけでなく、何をもって「安全」と判断するかは難しい。「こちらの銀行はAという指標が優れている。こちらの銀行はBという指 標が良い」などという見方では、ただの数字の羅列にしかならない。それらを全て加味した、総合的判断が必要となる。また、そのような総合的指標があれば大変 便利である。

現在、銀行の安全性のものさしとしてムーディーズの格付けがある。これを用いれば、全ての銀行と共通の尺度をもって比較が可能であり、預金者(投資家)には 有用である。しかし、格付け機関がどのような指標から格付け判断をしたかは、しばしば見過ごされがちであり、格付け情報(トリプルA等の記号)だけが最近の 世の中を動き回っている。実際には、格付け情報を購入した時のレポートをよく読まなければ、格付け対象の企業情報は分からない。また、格付け機関自体を誰が 監督するのかという問題に関連して、格付け機関、ひいては格付け情報の信頼性を疑う人は多い。

以上の問題意識に基づき今回の研究として、銀行の財務諸表から知る事のできる幾つかの財務指標を用いて、総合的指標の作成、即ち「銀行格付け」を独自に行 う。行うにあたって用いる手法は、「判別分析」という多変量分析の内の1つを用いて行う。それによって導かれた格付けとムーディーズの格付けを比較して、相 互のずれがどれだけあるのかを考察する。一つ断っておく事には、ここで行う格付けは少ない情報を基にするため、正しいかは分からない。一つの方法として行う ものである。一方のムーディーズの格付けは、プロフェッショナルのアナリストによって行われているものであり、格付け情報の信憑性を疑う者も少なからずいる ものの現在では市場の動向に影響するまでになっている。よって、この研究の趣旨として「どれだけ自分の格付けがムーディーズの格付けを捕捉しているか」とす る。そして「どの財務指標が、銀行の格付けを説明する指標として大きな説明力を持っているか」を考察する。

また、「株価」との比較も行う。株価情報は、「効率的市場仮説」における「セミ・ストロング型」によれば、過去の株価・出来高情報を含むと考える「ウィーク 型」に加えて、「あらゆる公開情報が株価に反映している」わけであり、企業の決算内容や公開された業績予想の情報を含んでいる。よって、いわば企業のランク である株価と独自に行う格付けとの間に、どれだけずれがあるかを見比べることに、大いに意義があると考える。

加えて、「株価ボラティリティ」との比較も行う。詳細は付論に詳しいが、山口陽平氏(総合政策学部2年)の算出した株価ボラティリティと齋藤啓幸氏によって 推定された倒産確率には、非常に緊密な非線型の正相関関係がある。ここから、株価ボラティリティの値を倒産確率の間接的指標として利用することにした。算出 された株価ボラティリティの値は、低ければ株価が安定的、ひいては銀行経営が安定的であり、高ければ株価は不安定であり、銀行経営の先行きに何かしら不安定 要因を抱えていると見る事ができる。よって、株価ボラティリティは銀行の健全性の指標に等しい。これを、今回行う独自の格付けと比較する。よって、直接的に は株価ボラティリティとの比較になるが、間接的には倒産確率との比較を行うこととなる。

本稿の構成であるが、以下、第1章では今回用いる手法である判別分析について説明する。また、第2章では判別分析を用いて企業倒産分析を行った、米国の経済 学者アルトマンの事例を紹介する。第3章では判別分析を行うにあたって使用した銀行及び財務指標について説明を行い、第4章において分析及び分析結果につい て論じる。第5章では分析結果を基に考察を行い、ムーディーズ銀行格付け・株価・株価ボラティリティ(間接的な倒産確率)との相互比較を行う。そして、第6 章では今回の銀行評価の問題点と今後への展望についてまとめている。最後の付論では、山口陽平氏によって行われた都市銀行の株価ボラティリティ算出について 述べている。

また、今回の分析で扱っている財務諸表データは、経営財務データベースの1つで日本経済新聞社による、「日経NEEDS」から利用した。このデータが、正確にデ ィスクローズされたものであるかは不明であり、粉飾決算や簿外債務、不良債権を低く見積もっている等の可能性は否定できない。そのため、そのデータに基づく 本分析は大きく影響を受ける事をまず断っておく。また、株価データは



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