判別分析による企業評価の事例
−アルトマンの企業倒産分析−
ここでは、判別分析を企業の評価に適用した事例をとりあげる。倒産した企業とそうでない企業に判別する、企業倒産分析モデル(E. I. Altman, 1968)は、30年以上前の分析手法であるが、本稿の研究を始めるきっかけとなった。また、彼による倒産分析モデルは、現在の多くの倒産研究に活かされている。米国型会計基準に基づいた経営をする企業データを基に行われたアルトマンの倒産研究は、国際会計基準に合わせる日本で今後有効な経営分析指標として重要となってくると言われている。
2.1 アルトマンのZモデル
米国の経済学者、エドワード・I・アルトマンによる倒産分析は、1968年9月に「The Journal of Finance」誌上で発表された。これは、公開情報を基に倒産リスクを数値化したものである。判別計算式によって算出された値を、「Z値」・「Zスコア」と呼ぶが、一般に「Zスコア」と言うと、この「アルトマンの倒産危険度」を示すようである。
1930年代、分析手法として回帰分析ほどには主流ではなかったものの、判別分析は徐々に多くの学問分野に用いられていった。1930年代当初は、バイオロジーや行動科学の分野特有の分析手法だったが、1960年代頃には個人の信用審査の手法や、投資の際の格付け手法として、開発に成功した。そして、アルトマンも企業の倒産・非倒産の分析にこの手法を適用した。
分析のサンプルとして、66の株式会社と33の合資会社を用いて(但し、製造業のみ)、倒産グループ・非倒産グループに分けた。前者は1946年〜1965年の間に破産申請をした企業で、後者は1966年当時までで存在していた企業である。そして、過去の企業研究の蓄積から22個の財務指標を選んだ。これらの指標は5つのカテゴリー分けがなされており、流動性(liquidity)・収益性(profitability)・負債比率(leverage)・支払能力(solvency)・成長性(activity)を意味している。選ぶに当たっての基準は、@よく使われている指標、A学問的に意味のある指標であり、いくつかは新しく作成した指標である。そして、最終的に5個の財務指標を選別して判別分析に用いた。
その結果作られた「究極の判別関数」として、以下の式を発表した。
因みに、アルトマンは正準判別分析手法を用いて式を導いている。この式は正判別率(判別関数式を作成する際に利用したデータを、その判別関数式に代入して正しい判別結果を返す割合)が95%と、高い割合で判別可能である。そして、この式に製造業企業のデータを代入して計算された総合指標Zスコアが、「2.675以下」なら「倒産」、「2.675超」ならば「非倒産」と判別される。また、倒産の予知も可能であり、倒産に先立つ3年前の指標から、倒産・非倒産を確認できるようである。この「アルトマンのZモデル」は有価証券報告書といった詳しいデータでなく、通常の営業報告書、それも1期間で計算できるなど簡便であることが大きな特徴であり、1999年11月13日の週刊ダイヤモンドにおいても、製造業について全上場企業と店頭公開企業を、Zスコアでランキングするなど、今現在もとても有効な指標として扱われている。
2.2 新アルトマンのZモデル
また、アルトマンのZモデルは、製造業でも株価のデータが無い非上場企業に対しては適用できないが、非上場会社でも当てはまるモデルが、日本開発銀行設備投資研究所経営研究室の村上守主任研究員を中心に開発されている。これは「新アルトマンZ」と呼ばれている。Z値が低ければ、それだけ経営の安定度が損なわれており、逆にZ値が高ければ高いほど経営の安定度が増す事を示す点は同じである。倒産・非倒産の「分岐点」は、このモデルではZ値22.77がその判別値となっている。
分析対象を財務指標だけに限る制約があるが、財務指標だけでみた企業体力の評価という点では有効性があると言える。しかしながら、アルトマンのZモデルおよび新アルトマンのZモデルは、製造業のみを対象としており、銀行・証券・保険・その他金融・サービス業には適応出来ない。
よって、本稿における判別分析による銀行の健全性評価は、@従来のアルトマンモデルでは適用できなかった銀行業界への適用の試み、A銀行の健全性が社会問題として大きく取り上げられている現在、異なる視点から銀行の健全度指標を提供することの2点において、大いに意義があると考える。