第2部
 
メインバンクのコーポレートガバナンス機能についての
実証分析

 

1.はじめに
 90年代のバブルの崩壊以降、日本の高度成長期を支えてきた様々な日本型システムの限界や問題点が指摘されるようになった。そして、実際にそういったシステムの崩壊が起きてきた。日本長期信用銀行の破綻に代表される、大蔵省の「護送船団」方式の金融行政の崩壊などは、その最たる例である。このような動きは、日本の金融システムの大きな特徴であったメインバンク制度についてもその例外ではないといわれる。資本の効率、株主の利益といった指標が重要視されるようになり、また、時価主義会計への移行を控えての企業と銀行間の株式持ち合いの見直しといった動きなどがその一つの例であろう。

  しかし、そのような認識が広まっているにもかかわらず、このことを定量的に分析した論は、筆者の知る限りではほとんど見あたらない1。また、80年代にあれだけ賞賛されていた日本型システムが、たったの10年で完全に機能を失ったとは考えにくい。たとえ、機能を失っていたとしても、システムは経路依存性(Path dependence)を持ち、現在のシステムの上にしか新たなシステムを構築し得ないのであるから、システムの現状について分析することには大きな意味がある。

 そこで、本稿においては、日本的システムを代表するひとつの慣行ないしは制度であり、日本企業の高成長を支えてきたといわれるメインバンク関係について、その機能が時系列的にみてどう変化し、その結果、メインバンク関係が現在どの様な状況にあるのかについて分析することにした。

 通常、メインバンク関係は、企業と銀行との間の以下のような関係のうち複数がみたされている場合に、成立しているとされる。2
(1)当該銀行の融資シェアが長期継続的に最大であること
(2)当該銀行が大株主であること
(3)役員派遣など人的関係があること
(4)融資以外の金融取引においても主力の取引関係にあること

  そして、このような関係によって定義されるメインバンク関係は、大きくは3つの機能を持つとされている。
(1)長期継続的な取引によって企業についての情報生産が効率化される。また、様々な金融取引を通じて(取引口座の管理等)、企業の正確な状況を把握することが可能になる。このような、情報生産の効率化、情報の質の高さを通じて、メインバンク関係は金融取引に付随する情報の非対称性の問題を緩和する。結果として、企業に対してより多くの資金をより低いコストで提供することが出きるようになる。(流動性制約緩和機能)
(2)企業経営のガバナンスを、(1)のように情報の面で優位性を持つメインバンクが投資家を代表して行うことによって、企業経営の効率性が維持される。(コーポレートガバナンス機能)
(3)企業が経営危機に陥った場合、再建可能であると判断されれば、メインバンクが経営に介入し、当該企業の救済活動を行うことがある。また再建が不可能な場合でも、より低いコストでの清算が可能である。(企業経営に対する保険提供機能)

  これら三機能のうち、投資資金の効率的供給機能、保険提供機能については、既に分析を行っているので3、本稿では、これらのメインバンクの三機能の中で、(2)の企業経営のモニタリング機能についての分析を行う。 本稿の構成は以下のようになっている。二節では、日本的システムの特徴である、終身雇用・年功序列、企業系列、メインバンク関係のうち、前二点について概観する。三節では、メインバンク関係の三機能について詳しく見ていく。そして、四節では、先行研究を簡単に紹介し、分析方法についてまとめ、メインバンク関係のコーポレートガバナンス機能について分析を行い、分析結果とその考察を行う。最後に第五節で結論を述べる。 

2.日本の企業の特徴
 そもそも、日本的システムなどと呼ばれる、日本の企業の特徴には、どの様なものがあるのだろうか。ここでは、このことについて簡単に触れておきたい。通常、日本的システムと言った場合に指し示されるのは、以下のような点であるとされる4。 
@企業が一つないし少数の銀行と、株式の持ち合いや借入を中心とした長期継続的な取引関係を結び、経営困難時にはその銀行から支援を受けるというメインバンクシステム
A企業がある程度利益を犠牲にしても、正社員の長期安定的な雇用と年功に応じた収入を保証する終身雇用・年功序列システム
B外部の取引関係にある企業と、株式の持ち合いを行い、長期的な取引関係を結ぶ企業系列システム

 @のメインバンクシステムについては後述するとして、ここでは、AとBの終身雇用・年功序列システムと企業系列システムについて簡単に述べる。 Aの終身雇用システムは、労働者の雇用を関係会社への出向なども含めて定年まで保証することである。このシステムによって、労働者は企業に特徴的な(すなわち一般的には評価されない)技能を蓄積することが出来た。また、労働市場が発達しないため、企業側にとっても労働者の教育を行ってもそのコストの回収が見込めるため、技術を持った優秀な労働者を育成することが出来た。結果として、日本企業の競争力を高めるのに一役を買ったとされる。このシステムについての調査の結果を下に示しておく。

図表1:雇用安定と配当のどちらが重要か(%)

 
日本
イギリス
アメリカ
ドイツ
フランス
雇用重視 
97.1
10.8
10.7
59.1
60.4
配当重視 
2.9
89.2
89.3
40.9
39.6
 
 
 (出所)Allen and Gale(2000) p.114より引用
 原資料の出典はYoshimori(1995) p.33-44

 上の図表1は、企業経営者に雇用の安定と株主への配当のどちらが重要かを訊ねたアンケートの結果である。この表からは、日本において、他の四カ国と比較して、非常に雇用が重視されていることが分かる。このように、日本においては雇用の安定を重視する、終身雇用システムが存在していたのである。

 次に、Bの企業系列システムについてみていこう。これは、通常三つの系列を指しているとされる5。金融系列、垂直型系列、流通系列である。なかでも重要なのは金融系列と垂直型系列である。前者は、銀行を中心とする六大企業集団のような、異業種の企業の結びつきであり、後者は、大企業を頂点としたいわゆる親会社-子会社の系列であり、トヨタグループなどがその例である。これらの共通点は、取引関係があることと、株式の持ち合い関係があることである。下の図表2は、その株式の持ち合いに関するものである。これを見ると、日本においては、金融機関によって41%、事業会社によって25%の株式が保有されている。つまり、約2/3もの株式が企業同士で持たれているのである。また、図表3に示されているように、7割以上の企業で10%以上の株式が持合によって保有され、持合がないと答えている企業は8%にすぎない。このような広範な持合に基づく系列システムが存在しているのである。 

図表2:株主構成の国際比較(%)

  金融機関 事業会社 年金基金  個人 公的機関 外国人 その他
日本   41 25   23 1 4 6
イギリス 30 3 31 20 4 12  
アメリカ 5 14 20 50 0 5 6
フランス 23 21   34 2 20  
ドイツ  22 42   17 5 14  
 

 
 
 

 

 
 (出所)Allen and Gale(2000)より引用
原資料の出典は以下の通りアメリカ:Prowse(1995) Table 2. p.13
その他:Institute of Fiscal and Monetary Policy(1996) Chart III-2-1, p.59
   
図表3:日本企業の株式持ち合い比率

 
 
 
 
 
 

 

 
相互持合株式の比率 回答企業数 回答企業の比率
0% 33 8.0%
1〜10% 89 21.7%
10〜20% 73 17.8%
20〜30% 66 16.1%
30〜40% 72 17.6%
40〜50% 38 9.3%
50%〜 39 9.5%
合計 410 100.0%
 

 
 
 
 
 
 

 

 
(出所)池尾・森田(1997)より
原資料は経済企画庁(1992) p.242


3.メインバンク関係の機能についての整理
 では、次にもう一つの日本的システムの特徴である、メインバンク関係について見ていこう。最初にも述べたが、メインバンク関係を規定する条件について、もう少し詳しく述べていこう。
(1)当該銀行が長期継続的に最大の債権者であること
(2)当該銀行がその企業の上位5位までに入る株式保有者であり、銀行の中では最大の株式保有者であること6
(3)企業に銀行からの役員の派遣や出向者の受け入れなどといった人的関係があること
(4)社債発行時の受託会社、給与振り込みシェアが最大など融資以外の各種金融取引においても主力の取引関係にあること
このような4点を満たす企業と銀行の関係をメインバンク関係と呼び、その銀行をメインバンクと呼ぶ。

 既に述べたように、このようなメインバンク関係は三つの機能を持つとされる。すなわち、流動性制約緩和機能、保険提供機能、コーポレートガバナンス機能、である。この章においては、これらの機能について詳しく見ていきたい。 

3.1.流動性制約緩和機能 
  通常、企業が設備投資を行おうとする場合、二通りの方法が考えられる。内部資金によって投資を行う方法と、外部から資金を導入することによって投資を行う方法の二通りである。しかし、この二つの方法のコストは同一ではなく、外部資金を導入する方が越すとが大きくなる。なぜなら、外部資金を導入して投資を行う場合には、企業の経営者と、外部の投資家との間で情報の非対称性が生じるからである。このような、情報の非対称性が生じる理由としては、
@一般の投資家は、経営者や既存の株主の直面している投資機会について正確な情報を入手し得ないこと、
A一般投資家は、分散投資によって個別企業に特有のリスクを回避することが可能であるため、個々の企業に対する利害関係がモニタリングの費用と比べて小さく、モニタリングを怠りがちであること、
などがあげられる7

  情報の非対称性の存在は、企業の経営者、株主、外部投資家の間に利害の対立を顕在化させる。その結果として、エージェンシーコストと呼ばれる費用が生じることになる。企業活動には、株主、債権者、経営者といった異なる利害を持った主体が関わっている。そして、これら主体間の利害対立のために、しばしば最適な資源配分が阻害されることになる。こうした、企業のステークホルダー間の利害対立に起因する、生産や投資活動の非効率化による損失の大きさと、その非効率化を阻止するために払われた犠牲の機会費用を足したものを、エージェンシーコストと呼ぶ。また、外部投資家が合理的であれば、エージェンシーコストの発生を考慮に入れて投資条件を厳しく設定するため、結果的にこのコストは企業の内部者が負担することになる8

 エージェンシーコストが存在する状況下では、「全ての資金調達方法のコストは同一であり企業の投資額は資金調達方法に依存しない」というModigliani-Millerの理論は妥当性を持たず、企業の投資決定は資金調達の形態と無関係ではなくなる。エージェンシーコストが存在する状況では、外部資金は内部資金と比べて割高になるため、利用可能な内部資金の多寡によって投資額が影響をうける9

 しかし、メインバンクを持つ企業の場合には、メインバンクは、一般投資家と比較して情報優位な立場にあること、最大の債権者であり大株主であるので企業のモニタリングを行うインセンティブが働くことから、情報の非対称性の問題が緩和するように働くと考えられる。そのため、エージェンシーコストも引き下げられ、結果として、外部資金(この場合は銀行借入)のコストが、メインバンクを持たない場合に比べて、引き下げられると考えることができる。このことは、メインバンクを持つ企業は、投資額の決定に対する内部資金からの制約が相対的に弱められるということを示唆している。

 このような視点から、メインバンク関係の投資に対する影響を分析した論文に、Hoshi, Kashyap and Scharfstein(1991)がある。ここでは、日本企業を、企業系列グループに属している企業と、属していない独立企業とに分類し、それぞれの設備投資関数を推計している。ここでは、トービンの平均Qと内部資金によって企業の投資を説明し、その結果、前者の企業群の方が内部資金の制約が小さくなることを明らかにしており、メインバンク関係がエージェンシーコストを軽減する機能があることを実証している。その点で、大変興味深い論文であるが、二つの大きな問題点が存在する。一つは、メインバンク関係を企業系列への所属という点から定義していることである10。企業系列に属していれば必ずメインバンク関係を持ち、属していない企業はメインバンクを持たないという仮定は現実と整合的ではないと言えよう。企業系列に属していない企業であってもメインバンクを持つことは十分あり得るし、企業系列に属していてもメインバンクを持たない可能性も当然考えられる。もう一つは、ここで投資の説明変数に用いられているトービンの平均Qは、投資を説明する変数として実証的に有効ではないということである。11

 このような問題点を考慮した分析が、岡崎・堀内(1992)や森(1994)で行われている。これらの分析では、前者の問題に対しては、メインバンクを企業と銀行との関係によって定義することで、後者の問題に対しては、トービンのQの構成要素を平均Qの代替変数として用いることによって、解決が図られている。ここでも同様に、メインバンク関係はエージェンシーコストを削減するという結果が報告されている。

 ちなみに、どちらの分析でもメインバンク関係を定義するどの要素がエージェンシーコスト削減に対して重要なのかについても言及されており、前者ではメインバンクの融資比率が重要であり、メインバンクの継続年数もある程度の効果を持つとされている。後者では、メインバンク(最大融資行)の融資比率の変動係数12が平均値よりも小さいという融資比率の安定性が重要であるとされている。 また、このようなメインバンクの機能を時系列的に分析した論文として、大井・山本(2000)がある。ここでは、メインバンクの流動性制約緩和機能は、バブル崩壊後、以前と比較して弱まっているものの、依然として一定の効果を持っていると述べられている。 

3.2.企業経営への保険提供機能
 メインバンクの保険提供機能と言った場合、二つの機能を指すことがある。一つは、リスクシェアリング機能と呼ばれる機能であり、他方は、経営危機時の救済機能である。より重要性を持つのは後者の方である。それぞれ説明していこう。

 リスクシェアリング機能とは、企業とメインバンクとの間でリスクを分担する機能のことである。この仮説によれば、企業の業績が好調な場合には、メインバンクは、拘束預金などによって、市場実勢よりも高い金利を受け取り、企業からメインバンクへの所得の移転が行われ、企業の業績不振時には市場実勢よりも低い金利によってメインバンクから企業への所得の移転が行われているとされる。このような機能によって、企業の収益が均等化されることになる。

 これに対し、経営危機時の救済機能とは、企業が経営危機に陥った際に、メインバンクが、経営に介入し、企業の再建を助けるというものである。典型的には、負債の元本の返済猶予、金利減免や流動性の供与が行われ、資産整理や合併など組織のリストラクチャリングを軸とする大規模な合理化計画が策定・実行される13

 では、なぜこのような救済をメインバンクが行うのだろうか。それにはいくつかの側面がある。一つには、メインバンクは、流動性制約緩和機能のところで見たように、一般投資家に対して情報優位な立場にあり、また、広範な株式の持ち合いのために株式市場が本来の機能を持たず、メインバンクにモニタリングを委託しているという状況がある。このようなことから、メインバンクが情報の優位性を利用して、企業の現状と先行きに関して正確な判断を下すことができる。

 さらには、分散した投資家たちは、企業の清算の回避などによって得る利益が少ない。そのため、リスクを負って企業の救済に乗り出すインセンティブを持たない。しかし、メインバンクは、融資額が最大であり、株主としても大きなシェアを持ち、当該企業に大きな利害を持っている。このため、リスクを負って救済に乗り出すインセンティブが働く。また、持合株式などの安定株式の多さも、このようなメインバンクの行動を容認する方向に働く。それに加えて、企業の救済を行うことによって、メインバンクとしての名声を確立することが出来、取引基盤の拡大を期待することもできる。このように、企業の救済に乗り出すだけの能力を持ち、インセンティブも働くために、メインバンクはこのような行動をとるとされる。

 次に、このような保険提供機能について実証的に分析した研究を見ていこう。上記の、リスクシェアリング仮説を検証した研究としては、堀内・福田(1987)や広田(1991)などがある。結論については、リスクシェアリング仮説を支持するものとしないものの両方が存在するが、多くの場合この仮説が支持されている。また、経営危機への救済について検証した研究としては、上記広田論文などがある。

 堀内・福田は化学工業部門に属する企業63社のデータを用いて、企業の金融費用がその経常利益を安定化しているかを分析することによって、保険提供機能の検証を行っている。その結果、金融費用が経常利益の変動を有意に安定化している企業が30%程度しかないことを明らかにし、保険提供機能について否定的な結論を述べている。

 広田は、堀内・福田と同様に、化学工業部門に属する124社のデータを利用し、企業の金融費用と営業利益の関係を分析することによって、保険提供機能の検証を行っている。そして、メインバンクは企業の営業リスクをカバーする働きをしていることを明らかにし、メインバンクの保険提供機能は存在すると結論している。また、広田は、経営危機に陥った際にメインバンクによってカバーされる営業リスクの割合が変化するかについても分析している。その結果は、メインバンクは経営危機の際には通常よりも大きなリスク負担を行っており、経営危機にある企業の救済を行うという意味での保険提供機能も存在すると述べている。

 このような見方に対し、全く別の見方をした研究も存在する。大井(2000)では、メインバンクを持つことによって収益の平準化や経営危機時の救済が期待できるということは、企業のリスクが小さくなることであると捉えられている。そして、株式市場から観察される企業のリスクを会計データとメインバンクの有無によって説明することで、メインバンクの保険提供機能を分析している。ここでは、メインバンクを持つことで有意にリスクが削減されている述べられている。

3.3.コーポレートガバナンス機能
 最後に、メインバンクのコーポレートガバナンス機能について見てみよう。(ここで扱うメインバンクのコーポレートガバナンス機能は、通常、企業モニタリングと呼ばれるものである。)まず、メインバンクが担っているコーポレートガバナンス機能とはどの様なものかを述べ、次に、メインバンクがそのような機能を担っている背景を述べることにする。

3.3.1.メインバンクのコーポレートガバナンス機能
 通常、ガバナンスには三つの段階があるとされる14。すなわち、事前的モニタリング、中間的モニタリング、事後的モニタリングである。 事前的モニタリングとは、企業の投資計画を事前に評価・選別することである。メインバンクにとっては、融資を行うか否かの決定がこれに当たる。ここで重要になるのは、経営陣と投資家の間の情報の非対称性の問題への対処と、補完的投資計画の間の調整である。

 中間的モニタリングとは、投資計画に対して資金を提供したあと、経営者の行動や資金の使途、企業の経営状態を普段に監視することである。ここでは、経営者が自らの利益のために行動をとることを防ぐことが重要になる。

 事後的モニタリングとは、企業の投資計画を実行した結果に対して、評価を行い、長期存続性についての判断を下して、必要であれば懲罰的行動をとることである。経営不振を招いた経営者を更迭するといった行動がこれに当たる。ここで重要なのは、非効率な経営が行われた場合などに、投資家が必ず懲罰的行動をとると経営者が信じるに足ることである。そうでない場合には、経営者が、自分の利益のための行動をとったり、必要とされる努力を行わなかったりというインセンティブが生じることになる。

 このような三段階のモニタリングは、英米型システムにおいては、異なった専門的主体が担っている。事前的モニタリングは、投資銀行、商業銀行、ベンチャーキャピタルや格付け会社が、中間的モニタリングは、格付け会社、機関投資家、証券アナリスト、M&A市場などが、事後的モニタリングは裁判所などが担っている。このようなシステムにおいては、様々な主体がそれぞれにモニタリングを行っている。そのために、モニタリングコストの重複が起こることになり、社会的な非効率性を発生させる。

 これに対して、メインバンクシステムにおいては、これら三段階のモニタリングがメインバンクに専属的に委託されているとされる。このような、モニタリングのメインバンクへの集中によって、社会的にはモニタリングのコストの重複が避けられ、効率的になる。また、継続的にモニタリングが行われることでのコストの節約も考えられる。

 このようなメインバンクへのモニタリングの集中を示唆するのが下の表である。この表は日本企業のコーポレートガバナンスにおける、様々な主体の影響力の強さについて、企業にアンケートを行った結果をまとめたものである。これによれば、コーポレートガバナンスにおいて、メインバンクの影響力の強さは、投資家の中で最大であることが分かる。また、一般株主や機関投資家はほとんど影響力を持っていないこともわかる。このようなことからも確かめられるように、メインバンクはコーポレートガバナンスにおいて、重要な役割を果たしてきたのである。 
   

図表4:コーポレートガバナンスへの影響力(%)
  影響力は強い
 
どちらかといえば
強い
どちらかといえば
弱い
影響力は弱い
 
メインバンク  6.3 27.9 41.5 24.3
内部昇進者   44.4 38.2 13.7 3.6
株式持合相手  4.5 20.8 42.6 32.2
一般株主    1.5 10.6 51.2 36.7
国内機関投資家 1.2 13.1 49.3 36.5
海外機関投資家 0.9 8.9 41.9 48.4
監督官庁    7.2 21.9 36.1 34.9
 

 
 
 
 
 
 

 

 
 (出所)経済企画庁(1998)より作成 

3.3.2.コーポレートガバナンス機能の背景 
  では、メインバンクに企業のモニタリングを委任する理由はどの様なものなのかをみていこう。一つの理由は、上記のような社会的コストの節約である。二つ目は、情報面での優位性である。

 メインバンクは様々な業種の企業を取引先として抱え、豊富な情報を有している。そのため、事前的モニタリングにおいて重要な、補完的投資計画についての情報を経営者と比較しても正確に入手することが出来るだろう。また、メインバンクと企業との関係は長期的なものであるので、一般投資家と比較して、情報の非対称性の問題が軽減される。中間的モニタリングについても、企業の決済口座を保有すること、人材の交流があること(場合によっては役員を派遣している)など、企業に関する情報を容易に入手できる立場にあるため、容易に行い得る立場にある。このように、メインバンクは事前的・中間的モニタリングを行うに足る情報面での優位性を持っているのである。

 そして、事後的モニタリングにおいては、困難に陥った企業の問題解決の責任をメインバンクが引き受けるという暗黙の契約があるとされる。この事後的モニタリングの責任をメインバンクが負うことによって、事前的・中間的モニタリングを行い、企業が危機に陥ることを未然に防ごうとする(コストの発生を防ごうとする)インセンティブが生まれ、それらのモニタリングの信頼性が高められる。

 しかし、このような事後的モニタリングの責任をメインバンクが引き受ける理由はどこにあるのだろうか。通常、財務危機に陥った企業を救済する場合には、メインバンクが大きな負担をしている。このようなコストをメインバンクが負担する理由は大きく、二点指摘できるだろう。

 一点目は、メインバンクの地位から得られる利益の存在である。メインバンクは、企業の様々な金融取引において主要な位置を占めることによって、様々な利益を得ることができる。これら事後的モニタリングの責任を引き受けることに対する報酬が存在するために、メインバンクがこのような負担を引き受けると言うことである。

 二点目は、メインバンクとしての評判の問題である。一般的に、危機に陥った場合メインバンクが救済の手をさしのべてくれると信じられている。そのようなメリットの存在が企業にとってメインバンクを維持する一つの理由となっている。そのため、危機に陥った企業を救済するメインバンクという評判を確立することは、取引先の拡大を通じて、収益の増大をもたらす可能性がある。 このようなメリットが存在するために、メインバンクは事後的モニタリングを一手に担うのである。そして、そのことによって、他の投資家にとって、メインバンクに委託したモニタリングが信頼性を持つことになるのである。

 ここで、メインバンクのガバナンスのもう一つの特徴についても触れておこう。それは、メインバンクのガバナンスは状態依存的であるという点である。メインバンクは企業の経営状態が良好な場合には介入せず、企業の内部者が支配権を握る。しかし、経営状態が悪化した場合には、メインバンクが経営に介入し、支配権を握る。このような特徴は、企業の経営効率化に対するインセンティブを与えるものであり、ガバナンスシステムの重要な一面である15。 

4.メインバンク関係のコーポレートガバナンス機能についての実証分析
4.1.先行研究 
  3で見たように、メインバンクのガバナンスにはいくつかの側面がある。これらの内、企業の経営を規律づける上で、より重要であると考えられるのは、事後的モニタリングである。したがって、ここで行う分析は、メインバンクによる事後的モニタリングに焦点を当てる。

 メインバンクの事後的モニタリングに焦点を当てた実証分析としては、Kang and Sivdasani(1995)、Kaplan and Minton(1994)や、広田・宮島(1999)がある。Kang and Sivdasaniでは、社長の定例でない交代(unroutine turnover)をガバナンスの有効性を示す指標として用いて、その交代とメインバンク関係の有無との関係を分析している。結論は、メインバンクを持つ企業は、持たない企業と比べて、企業業績の悪化によって、社長の非定例交代が起こりやすいというものであり、メインバンクのガバナンスの有効性を支持するものである。Kaplan and Mintonにおいては、業績不振時に、銀行からの役員派遣が行われるかどうかをガバナンスの有効性を示す指標として用いており、Kang and Sivdasaniと同様に、銀行のガバナンスの有効性を支持するものである。

 これに対して、広田・宮島では、これらの分析に対して、経営への何らかの介入が行われたかよりも、その介入によってどのような成果が得られたかを考察すべきであるとして、財務危機に陥った企業に銀行が介入した場合の収益の改善度合いを、銀行のガバナンスの有効性を示す指標として用いている。ここでも、銀行のガバナンスの有効性は確認されている。しかし、この分析においては、ガバナンスの有効性を時系列で比較しており、ガバナンス機能は90年代において以前よりも低下していると述べられている。しかし、この分析では、マクロ経済の状況について考慮されておらず、説得力に欠ける部分がある。また、ガバナンス機能とは、経営陣に対する規律付けであればよく、業績を悪化させると自分たちが更迭されるという脅威が存在するかどうかであろう。英米型ガバナンスにおいても、業績の悪い企業は買収の対象になるかどうかを分析すれば良く、その結果がどうであれ、経営陣に対する規律付けの効果は変化しないであろう。

 このような観点から、本稿では、Kang and Sivdasaniの分析と同様の方法によって分析を行う。まず、2節で分析の方法およびデータの説明を、3節で分析結果を、4節では結果の考察を行っていく。

4.2.分析の方法 
  Kang and Sivdasaniでは1984年のMoody's International Reportsに掲載されている日本の270の事業会社を対象に分析を行っている。分析の方法は、nonroutine turnoverを被説明変数(turnover有を1, 無を0)として、社長の年齢(Age)、任期(Tenure)、企業の収益性(Performance)、系列への所属の有無(Keiretsu)、メインバンクの有無(Main)、ブロックホルダーの株式保有状況(Block)、外部役員の有無(Outside-director)によってlogitモデル(付論を参照)を用いて回帰分析を行っている。なお、以下の式において、Keiretsu*PerformanceおよびMain*Performance, Block*Performance, Outside-director*Performanceは、系列への所属の有無などによって、収益に対する社長交代の感応度が変化するかどうかを分析するための変数である。 unroutine turnover =

f(Age, Tenure, Performance, Keiretsu, Main, Block, Outside-director, Keiretsu*Performance, Main*Performance, Block*Performance, Outside-director*Performance )
 本稿の分析においても、基本的にこの分析と同様の形で行うが、いくつかの相違点がある。まず、対象とする企業は、全業種ではなく電気機器業種に分類される上場企業であり、1980年から1999年まで継続してデータを入手できる企業139社である。また、Kang et al.の分析において有意ではなかった変数のうちのいくつかの変数(Outside-director, Keiretsu, Tenure)、およびデータを入手できなかった変数(Age)は除かれている。また、unroutine turnoverの定義についても多少の拡張を行った。また、Kang and SivdasaniもKaplan and Mintonも分析は80年代までであるが、本稿では、81年から99年までの期間を対象として分析を行った。 

4.2.1.変数の説明 
  今回用いた変数及び、期待される符号は、下の表の通りである。それぞれの変数についてみていこう。 

図表5:変数とその符号

ICR
 
MB
 
BLOCK
 
D90
 
MB*ICR
 
BLOCK*ICR MB*ICR*D90 BLOCK*ICR*D90
- - -
 
 
 
  ・ICR インタレスト・カバレッジ・レシオ。企業が支払利息の何倍の収益を稼ぎ出しているかをはかる指標。これが、1以上である企業(利息以上の収益がある)は0を、1未満である企業は1をとる。 経営不振の企業では社長交代の可能性が高まると考えられるので、この符号は正となることが予想される。
 ・MB MAIN BANKダミー。メインバンクを持っている企業に1を、持っていない企業に0を当てはめる。なお、メインバンクの定義は、@融資額が過去三年連続で最大の銀行であり、A当該企業の上位5位までの株主であり、B銀行間で最大の株式を保有している銀行、である。メインバンクを持つ企業と持たない企業の経営状態の相違については、予想できない。16
 ・BLOCK BLOCK HOLDER。企業の上位10位までの株主の、株式保有割合。なお、33%以上の株式を持つ会社が存在する場合には、親会社と見なし、親会社を除いた上位10位の保有割合を使用。株式保有が集中していると、ガバナンスの有効性が高まるとされるため、採用した。MBと同様の理由により符号は予想できない。
 ・D9090年代ダミー。バブル崩壊以降の、92年以降のデータには1を、それ以前のデータには0を当てはめる。 ・MB*ICR, BLOCK*ICRそれぞれ、メインバンク、ブロックホルダーの存在によって、社長交代確率の収益に対する感度がどの様に変わるかを見るための変数。メインバンクとブロックホルダーのガバナンス機能を示す。同程度の経営悪化であっても、メインバンクを持つ企業、あるいは株式が集中的に保有されている企業においては、より高い確率で社長交代が起こると考えられる。よって、符号はどちらも正になると考えられる。
 ・MB*ICR*D90, BLOCK*ICR*D90 それぞれ、90年代において、メインバンクとブロックホルダーの機能がどの様に変化しているのかを見るための変数。メインバンクの機能は衰えていると予想されるので、MB*ICR*D90の符号は負であると考えられる。BLOCK*ICR*D90の方は、予想できない。 また、被説明変数である、社長の非定例交代について、Kang and Sivdasaniでは、「退任する社長が社内に残らないこと」ととされていた。しかし、経営悪化の責任をとって辞任するような場合においても、社内に残る事例が存在する。したがって、この定義では狭すぎるため、社長の非定例交代の定義は、「退任する社長が社内に残らないこと」または、「経営再建を目的とした、または経営悪化の引責が目的の辞任」であること、とした。 これらの変数は、財務データは日経NEEDSより、社長交代に関するデータは日経テレコンでの検索と、日経会社年鑑を用いた。 

4.3.分析結果

図表5:社長の非定例交代の件数
 
 
82-84 85-87 88-90 91-93 94-96 97-99
9 9 8 18 12 18
 
 
 

 分析の結果を見る前に、データについて一つだけ見ておこう。上の表は、対象期間を三年ごとに区切ったときの、社長の非定例交代の件数である。これを見ると、バブル崩壊以降、ほぼ倍に増えており、経営環境の悪化が見て取れる。また、バブル期において、最小となっていることも予想通りである。

 では、分析の結果をみていこう。分析の結果は、以下のようになった。まず、図表6は、全年度を対象として分析を行ったものである。棄却確率を見れば分かるように、有意となっている変数は、BLOCKとICR*BLOCKのみである。また、符号は全て仮説の通りとなっている17。 

図表6:全期間(1982〜1999)の分析


 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.57 0
ICR -0.30 0.6461
MB -0.44 0.2703
BLOCK -3.93 0.0006
MB*ICR 0.50 0.3727
BLOCK*ICR 5.83 0.0012
R-squared   0.092
標本数   2502
 

 
 
 
 
 
 

 

 

  図表7は、図表6と同じく全期間の分析であるが、90年代のデータが1,その他が0であるダミー変数D90を加えたものである。有意となっている変数は、BLOCK, MB*D90, BLOCK*ICR*D90の三つである。  

図表7:全期間+90年代ダミー


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.50 0.0000
ICR -0.25 0.7048
MB -1.39 0.0614
BLOCK -3.97 0.0005
D90 -0.15 0.6779
MB*ICR 1.69 0.1455
BLOCK*ICR 3.56 0.1257
MB*D90 1.70 0.0575
MB*ICR*D90 -2.07 0.1148
BLOCK*ICR*D90 3.07 0.0876
R-squared   0.105
標本数   2502
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
  
 以下の図表8から図表13までは、全期間を3年ごとに区切って分析した結果である。 

図表8:97-99年度の分析結果


 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.78 0.0003
ICR -0.90 0.4984
MB 1.18 0.1103
BLOCK -4.53 0.0647
MB*ICR -1.77 0.0909
BLOCK*ICR 9.55 0.0082
R-squared   0.130
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 
    
図表9:94-96年度分析結果

 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -1.47 0.2743
ICR -0.74 0.6471
MB 1.13 0.4041
BLOCK 14.39 0.0521
MB*ICR -1.23 0.4287
BLOCK*ICR 15.18 0.0523
R-squared   0.239
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 
   
図表10:91-93年度分析結果

 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.03 0.0088
ICR -0.80 0.5557
MB -1.23 0.2493
BLOCK 3.86 0.1084
MB*ICR 1.89 0.1545
BLOCK*ICR 5.54 0.1388
R-squared   0.103
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 
        
図表11:88-90年度分析結果

 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.50 0.0046
ICR -1.06 0.8126
MB -32.86 1.0000
BLOCK 3.71 0.1887
MB*ICR -1.52 1.0000
BLOCK*ICR 6.80 0.4860
R-squared   0.114
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 
  
図表12:85-87年度分析結果

 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -2.55 0.0035
ICR -3.09 0.5239
MB -0.99 0.3613
BLOCK 3.35 0.2086
MB*ICR -33.84 1.0000
BLOCK*ICR 10.35 0.3633
R-squared   0.052
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 
        
図表13:82-84年度分析結果

 
 
 
 
 
 

 

 
  係数 棄却確率 
定数項 -3.39 0.0012
ICR -0.10 0.9681
MB -0.76 0.4907
BLOCK 1.69 0.5708
MB*ICR 3.17 0.0795
BLOCK*ICR 2.30 0.6928
R-squared   0.105
標本数   417
 

 
 
 
 
 
 

 

 

4.4.分析の考察
 では、以上の分析結果について考察していこう。まず、全期間の分析からである。この分析においては、全ての符号が仮説通りになっており、メインバンクのガバナンス機能、ブロックホルダーによるガバナンス機能、どちらも存在すると思われる。しかし、メインバンクのガバナンス機能を示す、MB*ICRの係数は有意とはなっておらず、それほど大きな機能ではないと予想される。

 そこで、90年代にガバナンス機能が弱まっていると仮定して、90年代ダミーを加えた分析をしてみたのが、次の図表7の分析である。この分析においても、MB*ICRの係数は有意ではない。しかし、90年代ダミーが入ったことによって、MB*ICRの係数は大きくなっており、また、有意である確率も高くなっていることから、80年代のメインバンクの機能はある程度大きかったであろうことが示唆される。そして、MB*ICR*D90の係数は有意ではないがマイナスとなっている。これは、90年代におけるメインバンクのガバナンス機能が衰えていることを示唆するものである。

 これらの点についてより詳しく見ていくために、年度毎に区切って分析した結果について見ていこう。下の図表14は、MB*ICRの係数をまとめたものである18

 このグラフを見ると、82-84年以降、一高一低ではあるものの、趨勢として右下がりとなっており、メインバンクのガバナンス機能が衰えている様子がうかがえる。この点は、広田・宮島の結論と同様である。また、係数の有意性についても、82-84年においては有意であったが、それ以降の年度では有意ではなくなっている。97-99年にいたっては、仮説と逆の符号で有意になっている。

 これに対応するようにして、興味深いことも起こっている。下の図表15は、ブロックホルダーのガバナンス機能をまとめたものである。このグラフを見ると、年と共にブロックホルダーのガバナンス機能が活発になってきていることを読みとることができる。また、係数の有意性も、94-96年以降においては有意であるが、それ以前の年度では有意となっておらず、この点からもブロックホルダーのガバナンス機能の強まりが読みとれる。 

 以上より、二つのことが明らかになった。一つは、メインバンクのガバナンス機能は衰えてきているようであり、場合によっては消滅している可能性もあるということ。もう一つは、メインバンクのガバナンス機能の衰えと軌を一にして、ブロックホルダーのガバナンス機能が上昇してきているということである。  

5.結論
 では、ここまでをまとめてみよう。今回の分析によって、メインバンクがガバナンス機能を持っていることが示唆された。これは、先行研究によって示された結果と同一である。また、そのガバナンス機能の推移を、時系列で見ていくと、衰えてきているであろうことが示唆された。この結果は、広田・宮島と同一であり、メインバンクの経営介入の効果だけでなく、メインバンクのガバナンス(規律づけ)の有効性においても衰えていることが示唆された。しかし、広田・宮島において述べられていたように90年代に入ってメインバンクのガバナンス機能が衰えているわけではなく、80年代から趨勢的に衰えてきていると考えられる。

 しかし、このようなメインバンクのガバナンス機能の衰えは、通常いわれているような、ガバナンスの空白化をもたらしたと断言は出来ない。なぜなら、図表15にあるように、ブロックホルダーのガバナンス機能が90年代に入って以降、盛んに発揮されるようになってきているからである。ただし、今回の分析から見る限り、バブル期(80年代後半)については、メインバンクのガバナンス機能の衰えが見られるのに対し、ブロックホルダーのガバナンス機能の充実はまだはっきりとは見えていない。このことから、バブル期の日本企業の放漫経営はガバナンスの空白化が招いたという議論はおそらく正しいものであるだろう。

 ガバナンス機能の衰えの原因については、通常言われるような、企業の銀行依存度の低下に伴って、銀行の影響力が低下したためというのが一番説得的であるが、別の見方もある。日本的システムにおいては、メインバンクが取引先企業のガバナンスを行い、大蔵省がメインバンクのガバナンスを行っていたとされる。その、大蔵省のガバナンスがバブル崩壊後の一連の不祥事などを通じた権威の失墜で空白化したといわれる。そのために、メインバンクが取引先企業の経営を監視する誘因を失ったという考え方である。

 さらに別の見方もある。投資家は、企業の業績が悪くとも、他の企業の業績も悪い場合(マクロ経済の状況・当該業種の経営環境が悪い場合)には、企業業績の悪化の原因が経営者にあるのか、経済にあるのか判断することが出来ないため、経営者の更迭を躊躇する傾向がある。これを考慮すると、バブル崩壊以降の経済の悪状況のために、経営者の更迭を行いにくいという側面があるとも考えられる。これを検証するためには、マクロ経済の状況を示す変数を加えるか、バブル以降に好況を謳歌した業種において分析を行うかしてみる必要があるだろう。

 また、この分析からは、今後のガバナンスシステムについての示唆も得られた。もし、メインバンク制の崩壊が起こっていくとすると、メインバンクに変わってガバナンスを担っていく主体となるのは、ブロックホルダーであろうということである。通常ブロックホルダーとして名を連ねているのは、メインバンクやその他の金融機関や持合相手が主である(図表4においては、持合相手の影響力は比較的大きかった)。したがって、今後は、メインバンクのみによって担われてきたガバナンス機能が、メインバンクを含めた金融機関や事業会社などと分担して担われていくようになることが望まれるのではないだろうか。

 しかし、現在、持合株式の時価評価などを控えて、事業会社間の持合も、金融機関と事業会社の間の持合も解消が進んでいるとされる。このような動きは、バブル期のようなガバナンス機能の空白化を招きかねないものであり、コーポレートガバナンスの視点からは望ましいものと言えないだろう。もし、持合株式の時価評価がディスクロージャーの観点から避けられないものだとするならば、それを補うガバナンス主体を登場させるような施策が必要とされるだろう。

 そのような施策について考えれば、持合株式を吸収することになるであろう投資信託や年金基金をはじめとした機関投資家の発達と、それらの機関投資家がガバナンス機能を発揮できるようにすること、つまり英米型のガバナンスメカニズムの導入が重要であることは自明であろう。しかし、日本におけるメインバンク関係の特長を生かしたガバナンスシステムを構築しようと考えた場合には、英米型のメカニズムに加えて、全く異なる施策も考えられる。例えば、以下のような施策が考えられる。

 もし、メインバンクが持合株式を売却しても、融資を中心とした金融取引が継続されるとすれば、メインバンクの情報優位性に変化はない。その場合、従来は暗黙の内にメインバンクに委託されていたガバナンスが明示的にすることが有益である可能性がある。機関投資家は、当然、企業に対するモニタリングを行うが、全ての投資先のモニタリングをしっかりと行うには膨大なコストがかかる。そのため、ある程度以上の規模がないとモニタリングが行われない可能性が高い。そのような小規模な機関投資家は、情報優位性を持ち、低コストでのモニタリングが可能なメインバンクとモニタリングの委託契約を結ぶ可能性があるだろう。複数の機関投資家からの委託を受けることでメインバンクはモニタリングにかかるコストを回収することが出来、機関投資家もコストを節約できる。さらに、メインバンクにとっては、持株を手放してもなお、有力な株主として、従来通りの発言力を確保できるというメリットもある。このようなガバナンスシステムの構築が可能になるような施策が一つの可能性として考えられるだろう。 

6.今後の課題
 今回の分析においては、メインバンクによる規律づけメカニズムについて分析を行った。しかし、メインバンクのガバナンスが業績の向上に役割を果たしているかについての分析は行うことが出来なかった。この点が第一の課題であろう。 第二の課題は、時系列の比較を行う際に、社長の非定例交代の件数が少なすぎるために(三年間[=一期間]で平均10件程度)、堅牢な結論を導き出すことが出来なかったという点である。機会が有れば、さらに標本数・業種を拡大した分析や、規模について考慮した分析を行ってみたいと思う。 

以上


付論 logitモデルについて
 logitモデルとは、質的データのようなバイナリ変数(0か1の変数:本稿においては社長の非定例交代の有無)を被説明変数としてた分析に用いられるモデルである。このモデルは、以下のように定式化される。        

  この式における、ax1+bx2+....の部分に説明変数を入れて分析するものである。そして、
  このモデルによって描かれる曲線は上のグラフのようになり、その値の範囲が0から1の間(0≦f(x)≦1)に収まる。この曲線はロジスティクス曲線とも呼ばれ、財の普及率などのS字カーブとして用いられることも多い。 本稿では、このlogitモデルを用いることにより、社長の非定例交代が起こる確率についての分析を行っている。
 
 


 
参考文献

[1]Aoki, Masahiko(1994),'The Contingent Governance of Teams: An Analysis of Institutional Complementarity,' International Economic Review 35 (August)

[2]Hoshi, T. A. Kashyap, and D. Sharfstein(1991) "Corporate structure, liquidity, and investment: Evidence from Japanese industrial groups" Quarterly Journal of Economics, 106(1), February

[3]Hoshi, T.(1994), 'The Economic Role of Corporete Grouping and the Main Bank System', in M. Aoki, R. Dore (eds.), The Jpanese Firm, Oxford University Press.

[4]Hoshi, T.,(1995). 'Evolution of the Main Bank System in Japan', in Okabe, M.(ed), The Structure of the Japanese Economy, Macmillan Press.

[5]Kang, J., and A. Shivdasani. (1995). "Firm Preformance, Corporate Governance, and Top Executive Turnover in Japan." Journal of Financial Economics 38, p.29-58.

[6]Kang, J., and A. Shivdasani. (1997). "Corporate Restructuring During Performance Declines in Japan." Journal of Financial Economics 46, p.29-65.

[7]Kaplan, Steven N., and Bernadette A. Minton.(1994). "Appointments of outsiders to Japanese boards: Determinants and implications for managers," Journal of Financial Economics 36, p.510-546

[8]Mikkelson, W. H. and Partch, M. M.(1986). "Valuation Effects of Security Offerings and the Issuance Process", Journal of Financial Economics 15, pp.31-60

[9] 青木昌彦(1995)『経済システムの進化と多元性』(東洋経済新報社).

[10] 青木昌彦・奥野正寛(編)(1996)『経済システムの比較制度分析』(東京大学出版会).

[11]青木昌彦(1996)「メインバンク・システムのモニタリング機能としての特徴」、(青木昌彦・ヒュー・パトリック編(白鳥正喜監訳)『日本のメインバンクシステム』)(東洋経済新報社).

[12]大井暁道・山本洋輔(2000)『設備投資の決定要因についての実証分析』(湘南藤沢学会).

[13]大庭竜子・堀内昭義(1990)「本邦企業のメインバンク関係と設備投資行動の関係について: 理論的整理」日本銀行金融研究所『金融研究』1990年12月.

[14]岡崎竜子・堀内昭義(1992)「設備投資とメインバンク」、堀内昭義・吉野直之 編『現代日本の金融分析』(東大出版会).

[15]岡部光明(1999)『環境変化と日本の金融 バブル崩壊・情報技術革新・公共政策』(日本評論社).

[16]小川一夫・北坂真一(1999)『資産市場と景気変動』(日本経済新聞社).

[17]経済企画庁(1998)『H.10年企業行動に関するアンケート調査報告書:日本的経営システムの再考』(経済企画庁).

[18]広田真一・宮島英昭(1999)「銀行介入型ガバナンスの機能は変化したか?」(金融学会配付資料).

[19]深尾光洋・森田泰子(1997)『企業ガバナンス構造の国際比較』(日本経済新聞社).

[20] ポール・シェアード(1997)『メインバンク資本主義の危機』(東洋経済新報社).

[21]森明彦(1994)「企業の設備投資とメインバンクの役割」、大蔵省財政金融研究所「フィナンシャル・レビュー」1994, November, pages 45〜

[22]週刊東洋経済増刊『企業系列総覧1982』〜『同2000』(東洋経済新報社)

[23]日本経済新聞社「会社年鑑上場会社版」1981〜2000(日本経済新聞社)

[24]日経テレコン21(http://www.telecom21.com)

[25]日経NEEDS財務データ