第1部

 

日韓自由貿易圏形成が域内外の貿易ならびに

経済成長率に与える影響

−グラビティ・モデルの計測を中心に−

 

1.    はじめに

 世界でグローバル化が進む中で、経済の地域統合の動きも急速に進んでいる。そのような世界情勢の中、経済規模上位30ヶ国に入るにもかかわらず、自由貿易を行っていない国および地域は日本・韓国・台湾など北東アジアに限定される。そして、経済的・歴史的結びつきが深く、かつ隣接している日本−韓国におけえる貿易は「不自由貿易の象徴」[1]とされていた。しかし昨年、日韓自由貿易協定の締結に向けて、両国のシンクタンクが研究を始めるという両国の貿易にとって歴史的な変化があった。そして、「平成11年版通商白書」でも日韓自由貿易締結に向けての動向が明記されている。そこでは次のように述べられている。「域外から域内への輸出の減少を防ぎつつ、統合による輸出拡大や域内競争促進を通じた所得の拡大を域外からの輸入拡大という形で均てんさせる形で地域統合が進展した場合には、地域統合が生きない経済に対して必ずしもマイナスの影響をもたらさない可能性がある。」[2]しかし今まで、自由貿易圏はブロック経済化につながると主張し、自由貿易圏に消極的かつ批判的であった日本が、締結にしようとしている自由貿易協定はブロック経済につながらないのかという議論は曖昧にしかされていない。この結論では、域外経済に対しプラスの効果か、マイナスの効果か理論的には特定する事はできないが、日韓のように限定した場合ある程度特定できるにもかかわらず、曖昧にされている。そこで本論文では、この日韓自由貿易が日本・韓国および域外に与える影響を既存の自由貿易を実証分析することで予測し、考察した。

 第2章では、日韓貿易の現状を相互依存関係と関税水準から考察し、第3章ではグラビティ・モデルを用いて貿易自由化の実証分析を行った。第4章では応用一般均衡(CGE)モデルを用いた先行研究を用いて日韓自由貿易圏形成とAPEC自由貿易圏形成など、他の自由貿易圏形成の経済成長率に与える影響などを比較した。最後に第5章で以上から得られた結論をまとめ、考察した。

 

2.    日韓貿易の現状

 日韓貿易の現状を分析する期間は、1983年から1996年までとし、まず両国間の貿易関係全般を把握するために、ブラウン貿易結合度指数[3]を用いて経済関係を検証した。そして、両国の関税を簡単にまとめることで、自由貿易がどの程度両国経済に影響を及ぼすかを言及した。

 

2−1.日韓貿易における相互依存関係

 日韓両国の貿易関係を分析するために、各国がその貿易能力に対してどの程度の貿易が行われているかを輸出入貿易結合度を用いて計測した。

 各国との輸出入結合度は、ブラウン輸出入貿易結合度指数により算出した。

  A国のB国に対する輸出結合度指数=(xijXi)(Mj(W−Mi))  (#1

  A国のB国に対する輸入結合度指数=(xjiMi)(Mj(W−Xi))  (#2)

ただし、xijA国からB国への輸出額、xjiB国からA国への輸出額、XiA国の総輸出額、MiA国の総輸入額、MjB国の総輸入額、 Wは世界輸出額とした。(#1)(#2)の分子である(xijXi)(xjiMi)はA国における輸出・輸入市場の構成比を表し、分母である((Mj(W−Mi))および((Mj(W−Xi))は世界の輸入・輸出市場構成比を表している。これはA国の相手国が持つ国際競争における輸入・輸出能力を数値化したものである。つまり、A国の輸入(輸出)結合度は、A国のB国から輸入(輸出)が、B国の輸出(輸入)能力に比べてどの程度行われたかを表し、指数が1以上の場合には能力以上、1以下の場合には能力以下ということになる。

 ここでは、日本・韓国・アメリカ・シンガポール・インドネシア・カナダ・フランス・ドイツ・イギリス・スウェーデン・チリの11ヶ国について分析する。この11ヶ国については、日本・韓国が自由貿易協定を締結する可能性の高いシンガポール・チリをを含み、北米・EU・東南アジア諸国の中から選出した。また、その他にも幾つか候補となる国が存在したが、データの欠損、また統計ごとにデータが異なる国などは採用しなかった。以上の結果、上記11ヶ国を分析対象とした。

 


出所:International Trade Statistics, United Nations 各年版より作成。

 



出所:図11に同じ。

 


 (図11)から日本との輸入結合度指数を見ると、韓国・インドネシア・シンガポール・アメリカの順にその指数が大きく、次いでチリ、カナダ、EU諸国となっている。つまり日本の輸入はアジアとの結合が最も強く、その中でも韓国との結合が大きいことが分かる。

 (図12)から日本との輸出結合度指数を見ると、インドネシア・韓国・チリとその指数が大きい。(図11)の輸入結合度指数との関係を考えると、韓国・インドネシアでは輸出入双方の結合が高いが、シンガポールでは日本の輸入、チリでは日本の輸出に特化して結合が高い。しかし、シンガポール・チリの両国は結合度指数が輸出入ともに1を上回っていることから、相互依存的であるといえる。

 

 

1:1996年における日本と主要国との間の輸出入結合度指数

 

 

 

 

 

韓国

シンガポール

インドネシア

アメリカ

カナダ

フランス

ドイツ

イギリス

スェーデン

チリ

 

輸入結合度

3.07

2.67

2.96

1.91

0.65

0.07

0.69

0.70

0.36

0.84

 

輸出結合度

3.07

1.20

3.87

1.38

0.55

0.45

0.37

0.36

0.48

2.46

 

出所:図11に同じ

 (表1)は、1996年における日本と主要国との間の輸出入結合度指数を示したものであるが、この数値からも輸出入ともに日本に対して韓国がその他の10ヶ国と比較しても相互依存的であることが示されている。

 


出所:図11に同じ。

 



出所:図11に同じ。

 


 (図1−3)から韓国との輸入結合度指数を見ると、1980年代には日本・アメリカの指数が大きかったが、1990年代に入りインドネシア・シンガポールとの指数が大きく伸びた。一方、EU諸国およびカナダでは指数が1以下と小さい。

(図1−4)から韓国との輸出結合度指数を見ると、1980年代にはアメリカの指数が大きく、1990年代に入るとインドネシアの指数が大きい。また日本・シンガポールには高い指数を維持している。一方、EU諸国およびカナダでは指数が小さい。(図13)との関係を考えると、1980年代には輸出入両指数ともアメリカが大きく、1990年代にはインドネシア・シンガポールの指数が大きい。また、日本は高い指数を維持している。このことから、韓国の貿易はアメリカ重視からアジア重視へ転換していることが読み取れる。

 

 

表2:1996年における韓国と主要国との間の輸出入結合度指数

 

日本

シンガポール

インドネシア

アメリカ

カナダ

フランス

ドイツ

イギリス

スェーデン

チリ

輸入結合度

1.47

1.17

1.94

0.87

0.39

0.17

0.30

0.37

0.14

1.15

輸出結合度

1.35

1.23

1.67

1.10

0.33

0.17

0.26

0.40

0.11

1.25

出所:図11に同じ。

 

2−2. 日韓の関税水準

 関税は、少なくとも先進国にとっては、WTOの認める唯一の国境における貿易調整手段であるから、自由貿易地域の形成にとって、域内のゼローゼロ関税構築が最も基本的な要件であることは明らかである。そこで、本稿では日韓における関税の現状を簡単に把握しておくことにした。

 表1は、日本、韓国、アメリカおよびEUにおけるウルグアイラウンド後の1996年における工業製品関税と農産物関税の格差をみるために作成されたものである。

 

表3:日本、韓国、アメリカ、EUにおける工業製品と農産物関税の格差

 

区分

ポストウルグアイラウンドの貿易加重平均関税率(%)

日本

韓国

アメリカ

EU

農産物

  69.4

    42.3

    10.9

    15.7

工業品

   1.5

     6.9

     3.5

     2.6

農産物/工業品

    43.1

     6.1

     3.1

     4.4

出所:The result of the Uruguay Round of multilateral trade negotiations,1994,GATTおよび The Uruguay Round,1996,The World Bank に基づき作成されたものを朝倉・松村(1999)より引用。

注:1.農産物は魚類を含まない。

  2.工業品には石油を含まない。

 

 表3から日本は工業製品の関税が他の先進国と比較しても低いが、農産物関税は異常ともいえるほど高くなっている。一方韓国では、工業製品、農産物ともに高関税である。このことから日韓ゼローゼロ関税構築による効果として、日本においては工業製品、農産物に、韓国にとっては農産物に特化して貿易創出効果があると予測できる。

 

3.  貿易自由化の実証分析

3−1.貿易創出効果と貿易転換効果

 国際経済学の理論によると、自由貿易圏形成の効果は「貿易創出効果」と「貿易転換効果」に分けられる。貿易創出効果は域内の関税撤廃により域内貿易が拡大し、域内の経済厚生にプラスに影響する効果である。一方、貿易転換効果は域内関税引き下げにより内外価格差が生じるため、本来競争力のある域外からの輸入が域内の生産によって代替され、域内・域外の効率的配分が阻害されるマイナスの効果である。

 先に述べたように、日本は自由貿易圏形成により、この貿易転換効果による域外国への影響および効率的配分が阻害されるとして、自由貿易圏形成にはさして積極的な立場は取ってこなかった。しかし、今日、日韓自由貿易圏形成に向けて、この貿易転換効果については非常に曖昧な議論しか行われていない。そこで本論文では、貿易創出効果・貿易転換効果を既存の自由貿易圏を実証分析することで考察した。

 

3−2.グラビティ・モデル:概念と応用

 自由貿易圏形成が世界貿易フローに与える影響を実証分析した論文は多く、その手法も様々である。その中の一つであるグラビティ・モデル[4]は、理論的基礎の脆弱さは批判の対象になっているが、その簡明さと説得力の高さは評価されている。

 グラビティ・モデルに関するTinbergen(1962)の初期の研究では、1959年における42ヶ国間の貿易フローを対象として、特恵グループの域内貿易を表すダミー変数の係数値が有意にプラスであることを示した。同様の考察は、その後も考察対象国の経済の発展段階や経済体制にかかわらず広く得られている。[5]

 国際貿易の分析に用いられるグラビティ・モデルの基本型は以下の通りである。

lnXijlna0a1lnYia2lnYja3lnNia4lnNja5lnDij          (1)

ここでは、Xij=国iから国jへの財の流れ

     Yi,Yj =iと国jの所得

     Ni,Nj=国iと国jの人口

     Dij=国iと国j間の距離

(1)式に貿易創出と貿易転換の各効果を適切に推計するためのダミー変数を導入すると、この度分析に用いるグラビティ・モデルが以下のように決まる。

lnXijlna0a1lnYia2lnYja3lnNia4lnNja5lnDij

   +a6lnAija7lnLij+a8lnNAFTA1a9lnNAFTA2a10lnNAFTA3

   +a11lnEU1+a12lnEU2+a13lnEU3

      +a14lnME1+a15lnME2+a16lnME3     (2)

ここで、Xij =iから国jへの名目輸出額(US$表示)

Yi,Yj =iと国j名目GDPUS$表示)

Ni,Nj =iと国jの人口

Aij =iと国jが隣接していることを示すダミー変数

Lij =iと国jで公用語が共通であることを示すダミー変数

NAFTA1,EU1,ME1 =それぞれNAFTA,EU,メルコスール域内への

          域外国からの輸出を示すダミー変数

NAFTA2,EU2,ME2 =それぞれNAFTA,EU,メルコスール域内貿易

          を示すダミー変数

NAFTA3,EU3,ME3 =それぞれNAFTA,EU,メルコスールの域内か

          ら域外国への輸出を示すダミー変数

 回帰式(2)に含まれるいくつかの説明変数について、予想される係数の符号は以下の通りである。まず、YiYjは、GDPが輸出供給や輸出需要と正の関係を持っていると考えられるので、係数はプラスであると予測できる。NiNjは、大きい人口が大きい国内市場と生産される財の多様性を意味し、それゆえ国際分業に多くを依存することを必要としないと考えられるので、マイナスの係数を持つと考えられる。Dijについては、距離が遠くなるほど輸送費、輸送時間、そしてコミュニケーションの困難度が増すため、係数はマイナスのであると予測できる。最後にAijLijについてはともにプラスの係数を持つと予測できる。その理由としては、これらの説明変数は貿易に関わるコストを減少され、国民同士の接触の機会を増やし、そしてコミュニケーションを容易にすると考えられるからである。

 また、このような自由貿易圏ダミーを導入する意義について述べる。本分析の目的は貿易創出効果と貿易転換効果の大きさを明らかにすることである。そこで貿易創出効果を捉える新しいダミー変数NAFTA2,EU2,ME2を導入し、さらに貿易転換効果を捉える新しいダミー変数NAFTA1,NAFTA3,EU1,EU3,ME1, ME3を導入することで貿易創出効果と貿易転換効果を明確に区別することにする。

 ダミー変数NAFTA1,EU1,ME1はそれぞれの自由貿易圏の輸入にあらわれる貿易転換効果を捉えるためのものである。もしこれらの符号が有意にマイナスあるいは低下傾向を示せば、その自由貿易圏は輸入相手先を域外国から域内国に転換しているといえる。そこで、ここではその効果を「輸入貿易転換」と呼ぶことにする。一方、ダミー変数NAFTA2,EU2,ME2はそれぞれの機構の域内貿易の増減を示すものであり、「域内貿易創出」と呼べる。これらの変数の符号が有意にプラスであれば、域内貿易の水準はグラビティ・モデルによって予測される水準よりも高く、またその値が増加傾向にあれば、域内貿易は活発化していることがわかる。そして、NAFTA3,EU3,ME3は、それぞれの自由貿易圏の輸出にあらわれた貿易転換を捉えるためのものである。もしこれらの符号が有意にマイナスであれば、あるいはその値が低下傾向にあれば、その機構は輸出相手先を域外国から域内国に転換していると考えられ、この効果を「輸出貿易転換」と呼ぶことにする。

 

3−3.分析結果とその含意

 回帰式(3)は、14ヶ国間の貿易フローについてクロス・セッション分析によって1984年から1996年まで時系列に推定された。データの整合性を考え1990年まではドイツを除く13ヶ国で分析している。また、NAFTAについては1994年、メルコスールについては1995年に関税同盟が発足したが、発足以前からの趨勢を把握するためにそれぞれに3つのダミー変数を入れている。また、EU93年に市場統合が行われたが、68年にEECとして関税同盟が発足しているので、呼称をEUとして分析をした。ダミー変数は、もし被説明変数がその条件にあてはまれば対数値1を、あてはまなければ対数値0を割り当てた。したがって、ある分析年におけるダミー変数の係数値が0.1であれば、その変数のあらわす条件によって貿易量が(e0.11)%増加することを意味する。6


 

 

3:グラビティ・モデルの推定結果(19841990

 

 

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

切片

-19.258**

-17.656**

-17.076**

-15.775**

-15.175**

-16.470**

-15.404**

Yi

1.18214**

1.11445**

1.09965**

0.99293**

0.97347**

1.07127**

1.01561**

Yj

1.19100**

1.10342**

1.02454**

0.98143**

0.92896**

0.94982**

0.88245**

Ni

-0.4900**

-0.4741**

-0.5273**

-0.4106**

-0.4145:*

-0.5482**

-0.424**

Nj

-0.423**

-0.363**

-0.3473**

-0.3100**

-0.2939**

-0.3255**

-0.1919**

Dij

-1.205**

-1.2010**

-1.0201**

-0.9681**

-0.9095**

-0.8433**

-0.871*

Aij

-0.30864

-0.38254

-0.18671

-0.0984

-0.08116

0.044425

-0.05514

Lij

0.080647

0.095866

0.097903

0.064919

0.146923

0.163645

0.153921

NAFTA1

-0.4373**

-0.33561*

-0.27445*

-0.28366*

-0.25235*

-0.24377*

-0.2766**

NAFTA2

-0.77713*

-0.70323*

-0.55374*

-0.49956*

-0.50433*

-0.5737**

-0.6038**

NAFTA3

-0.37361*

-0.39898*

-0.3575**

-0.3060**

-0.3407**

-0.3658**

-0.4016**

EU1

-0.5261**

-0.4756**

-0.5200**

-0.5420**

-0.4662**

-0.4387**

-0.4798**

EU3

-0.5284**

-0.4799**

-0.5592**

-0.5064**

-0.4986**

-0.4409**

-0.5214**

ME1

-0.4673**

-0.6201**

-0.5730**

-0.5557**

-0.6377**

-0.6588**

-0.7752**

ME2

0.012958

-0.10484

-0.18653

-0.31994

-0.29972

-0.14617

-0.3766

ME3

-0.33843*

-0.4079**

-0.3954**

-0.4407**

-0.3316**

-0.2580**

-0.3301**

データの出所

International Trade Statistics, United Nation各年版、 Direction of Trade Statistics, International Monetary Fund各年版、 World Development Indicator, IMF-IFSより推定した。

注(1)カッコ内の数値は標準誤差

 (2)*は5%水準で有意であることを示す。(|t|≥2.060

  (3)**は1%水準で有意であることを示す。(|t|≥2.676

 (4)説明変数はすべて対数値

 


4:グラビティ・モデルの推定結果(19911996

 

 

1991

1992

1993

1994

1995

1996

切片

-14.430**

-13.520**

-13.263**

-13.735**

-13.585**

-13.96**

Yi

0.96994**

0.89461**

0.86949**

0.91566**

0.88414**

0.88251**

Yj

0.82046**

0.78536**

0.77181**

0.78481:*

0.79988**

0.81932**

Ni

-0.3392**

-0.23281*

-0.1958*

-0.2664**

-0.2680**

-0.2293**

Nj

-0.20668*

-0.17164

-0.13887

-0.15786

-0.172*

-0.14301

Dij

-0.8233**

-0.7902**

-0.7627**

-0.7906**

-0.7491**

-0.7368**

Aij

-0.04709

-0.02089

-0.04764

-0.08071

-0.05167

-0.01599

Lij

0.144936

0.139876

0.179438

0.148414

0.134621

0.164223

NAFTA1

-0.2824**

-0.20187*

-0.21535*

-0.17291

-0.2844**

-0.2632**

NAFTA2

-0.40991*

-0.32703

-0.2719

-0.21972

-0.16137

-0.18418

NAFTA3

-0.4742**

-0.4400**

-0.4693**

-0.4906**

-0.3945**

-0.3637**

EU1

-0.27172*

-0.2802**

-0.3015**

-0.3125**

-0.3879**

-0.4087**

EU2

-0.34668

-0.31882

-0.3002

-0.2982

-0.33847

-0.36278

EU3

-0.3409**

-0.3061**

-0.3009**

-0.3189**

-0.3372**

-0.3298**

ME1

-0.6150**

-0.5305**

-0.4332**

-0.4321**

-0.4411**

-0.4106**

ME2

-0.22177

-0.0884

0.0445

0.062728

0.013871

0.042807

ME3

-0.3881**

-0.4413**

-0.4881**

-0.4929**

-0.5029**

-0.5182**

データの出所および注は表3に同じ。

 

 表3,4には回帰式(2)の係数を最小2乗法による回帰分析で推定した結果がまとめられている。

 YiYjNiNjの各係数については、ほぼ全てが統計的に有意であり、全てが予測される符号であった。そして、YiYjNiNjの係数のトレンドを見ると、これらの係数は減少傾向にあり、所得、人口による貿易への影響が小さくなりつつあることを示している。

 Dijの係数は全てにおいて有意であり、増加トレンドを示している。このことは、2国間距離の貿易に与える影響が大きく、増加していることを示している。

 AijLijの各係数は全てにおいて有意ではなかった。従って、分析結果として隣接および言語の貿易への影響は見られなかった。しかし、Aijは距離との相関が高いこともあり、Dijの係数にあらわれている可能性もある。

 輸入貿易転換ダミーは、係数はマイナスを示し、ほぼ全てにおいて有意であった。また係数のトレンドを見ると、NAFTA1については93年まで増加傾向、94年以降は減少傾向にあり、EU1については91年まで増加傾向、92年以降は減少傾向、そしてME1については逆の傾向が存在し、90年までは減少傾向、91年以降は増加傾向がある。このことは、域外国からの輸入が減少していることを示している。また、係数のトレンドからNAFTAにおいてはNAFTA発足以前に域外からの輸入が域内からの貿易に転換されていることが明らかである。EUでは、関税同盟としての機能は1968年から持っていたが、93年に市場統合をしたことにより、より輸入貿易転換効果があらわれていることが分かる。メルコスールでは、その逆の結果として、メルコスール発足後にマイナスの輸入貿易転換効果があらわれている。このことは、南米の通貨危機により、域外からの輸入に頼らなくてはならなかったことが強く影響していると思われる。

 貿易創出ダミーは、それぞれの発足以後全てにおいて有意ではなかった。しかし、NAFTA2ダミーでは、NAFTA発足直前に係数が有意でなくなったことから、自由貿易圏形成により貿易創出に何らかの影響を与えたことを暗示している。

 輸出貿易転換ダミーは、ほぼ全てにおいて有意であり、係数はマイナスでトレンドはNAFTA3については1993年までは減少傾向は見られたが、1994以降増加傾向が見られた。また、EU3については増加傾向が見られ、ME3には減少傾向が見られた。そして、係数からは輸出貿易転換が行われていることが示されている。

 これらの推定結果から自由貿易圏形成は貿易転換効果があり、また貿易創出にも何らかの影響を与えることが分かった。また、係数値から貿易には距離、所得が大きく関与していることが得られた。

 

3−4.日韓自由貿易圏形成の含意

 以上のグラビティ・モデルによる実証分析の推定結果から、自由貿易圏形成は、貿易転換効果があり、貿易創出効果にも何らかの影響があることが推定された。このことは、日韓自由貿易圏形成にあたり域外国との貿易量が減少することを示しており、先に挙げたの通商白書の記述とは異なっている。つまり、日韓自由貿易圏形成によって、自由貿易圏形成以前まで域外国と貿易してきた財が、自由貿易圏形成により内外価格差が生じるため、域内国である日韓の貿易に代替される。このことは日韓自由貿易圏形成が日韓のみに有益であり、域外国にとって、効率的配分は損なわれる。

 

4.日韓自由貿易圏形成の経済成長率への効果:CGEモデルによる先行研究

 日本経済研究センターによる応用一般均衡(CGE)モデルによる、日本を中心としたアジア太平洋地域の自由貿易協定がもたらす経済的影響についての試算が表4である。これによると、日本と韓国が自由貿易協定を結んだ際のGDPは日本が0.03%増加するのに対して、韓国では0.49%増加する。しかし、日韓の域外国に対しては貿易転換効果が顕著にあらわれる。このほかにも日本・シンガポールとの2国間自由貿易、日本・NAFTA、日本・韓国・シンガポール・NAFTAが推定されているが同様にたいていの域外国にはマイナスの結果が得られている。これに対し、APECによる自由貿易では香港を除く全ての域外国に対しプラスの効果を示し、貿易転換効果は見られない。

 

      表4:自由貿易協定による各国のGDPへの影響     (単位%)

 

日本・

シンガポール

日本

韓国

日本

NAFTA

日本・韓国・シンガポール・NAFTA

 

APEC

オセアニア

0

0.01

0.1

0.17

1.73

日本

0

0.03

0.25

0.26

0.36

韓国

0.01

0.49

0.36

0.12

0.68

インドネシア

0.01

0.04

0.11

0.06

2.22

マレーシア

0.08

0.18

1.04

1.81

4.14

フィリピン

0

0.01

0.05

0.03

10.37

シンガポール

0.57

0.07

0.07

1.05

2.43

タイ

0.02

0.1

0.45

0.76

6.18

中国

0.01

0.14

0.28

0.61

6.9

中国香港

0

0.04

0.02

0.09

3.13

台湾

0.01

0.1

0.65

0.93

4.34

南アジア

0.01

0.01

0.02

0.06

0.03

北米

0

0

0.17

0.2

0.19

ラテン・

アメリカ

0

0.01

0.03

0.05

0.17

EU

0

0.01

0.01

0.02

0.26

旧東欧・ソ連

0

0.01

−0.04

0.09

0.1

その他の世界

0

0.01

−0.02

0.03

0

出所:日本経済研究センターの試算として田中(2000)より引用。

注:日本経済研究センターによる試算結果。[6]

 

 このことから、日本の主張する域外国への効率的配分を損なわない自由貿易圏形成とは、APECによる自由貿易圏形成であるということが分かる。したがって、日韓自由貿易圏形成はAPECによるものと比べると、域外国への影響を無視することができないといえる。

 

5.結論と今後の課題

 日本・韓国は貿易結合という観点からも、そして実証分析から選られた距離という観点からもその依存度は高いといえる。しかし、現在の関税水準では工業品の関税自由化は容易であるが、農産物の関税自由化は困難であると推察する。しかし、GATTの規定によると「実質的にすべての産品の貿易を包含していること」が、自由貿易圏形成の要件となっている。このことから、自由貿易圏形成の最大の障害は農産物関税の取り扱いであろう。農産物関税の取り扱いについては、NAFTAなど既存の自由貿易圏においても重要な問題であったが、時間をかけて段階的に関税を引き下げることに合意がなされ、実行されてきている。したがって、日韓自由貿易圏においても、比較的関税自由化をしやすい工業品と比べ、農産物に関しては時間をかけて徐々に関税を引き下げていくことが最善であると考える。

 一方、日韓自由貿易圏が域外国に与える効率的配分の損失は、実証分析の推定結果から明らかに無視できる問題ではない。そこで、日韓のみ自由貿易圏を形成するならば、通商白書に述べられているような曖昧な議論ではなく、より明確に、域外国に対しても漸進的に関税を引き下げていくことも議論すべきである。しかし、日韓自由貿易圏形成は、不自由貿易の象徴といわれた北東アジアで初の自由貿易圏であり、これがAPECによる自由貿易圏形成に大きく貢献する可能性は高い。したがって、日韓自由貿易圏形成はそれ自身を評価するのではなく、APEC自由貿易圏形成のための第一歩として評価されるべきである。

 また、本論文ではグラビティ・モデルを用いて実証分析を行ったが、分析対象国が14ヶ国とかなり限定したため、世界の貿易量の一部分しか推定していない。したがって、今後の課題は分析対象国を増やし、世界の貿易量の大部分を推定していくことが必要である。                                以上


参考文献

[]朝倉弘教・松村敦子(1999)「日韓自由貿易地域の形成を考える」『貿易と関税』第47巻第10号,pp7084,第11pp4253

[]遠藤正寛(1997) 「地域経済統合の戦後世界貿易への影響」『三田商学研究』 40巻第4号、pp183195

[]田中良和(2000) 「アジア太平洋地域に自由貿易協定の網の目を」『朝日総研レポート』No.143pp6894

[]本多光雄(1999)『産業内貿易の理論と実証』文眞堂

[]Brown, A. J. (1948) Studies of international trade, Applied Economics,   New York: Rinehart, pp187226

[]Direction of Trade Statistics, International Monetary Fund (19841997)

[]International Trade Statistics, United Nations, (19831996)

 

 



[1] 「不自由貿易の象徴」とは、隣接国であり、相互依存的な経済構造を持つ日韓が輸入規制などを行ってきたことから、日韓貿易は不自由貿易の象徴的存在として表現されてきた。

[2] より具体的内容については「平成11年版通商白書」を参照。

[3] ブラウン貿易結合度指数(貿易結合度指数との相違)

貿易結合度指数とは、Iij(TijTi)(wj/Tw)により計測される。ただし、Tijは国Iと国jの貿易額、Tiは国iの貿易額、Twjは国jと世界の貿易額、Twは世界全体の貿易額である。一方、ブラウン貿易結合度指数は輸出と輸入を分け、世界市場構成のうち国iを除いて計測する。このことが本稿の主旨に合致したため用いた。ブラウン貿易結合度指数についてはBrown(1948)、本多(1999)が詳しい。

[4] 「グラビティ・モデル」という名称は、ニュートンの万有引力の法則からきている。そこでは物体間に働く重力はそれらの距離の2乗に反比例する。「グラビティ・モデル」においても、この距離という変数が2国間の貿易量の説明に用いられる。

[5]グラビティ・モデルの理論的基礎を築く試みについては遠藤(1997)を参照。

[6]グラビティ・モデルでは係数値がすべて自然対数値で表されているため、係数値をeの係数乗をして、貿易量を考察する必要がある。

[6]

 田中(2000)には、「アジアウォッチNo.23」、日本経済研究センターより引用と記述されているが、この本が不明のため田中(2000)より引用した。  

 

 

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