経済成長の原動力は何かと考えたときに、技術進歩や資本・労働力など様々なものが思い浮かぶが、やはり貯蓄は重要な要素である。一般的に、高貯蓄は投資を盛んにするため、経済成長には貯蓄は欠かせない要素であると考えられている。まず初めに、日本の高度成長時期を考えてみる。。
高度経済成長の原因は、いろいろ議論されているが、ここではハロッドの成長定理を用いて考えてみることにする。この定理は、
である。よって、高度経済成長の原因は、貯蓄率が高いことと、資本係数が低いことということになる。戦後の高度経済成長期の日本は、家計が貯蓄率を高めており、先進国と比較しても極めて高い貯蓄率であった。政府も、健全財政主義を採用し、自らも貯蓄を行う黒字財政を行っていた。この結果日本は高貯蓄率を実現していた。また資本係数も、外国からの技術導入を中心に技術革新が激しく、より効率的な資本が増加した。よって、資本係数も小さい値であった。すなわちハロッドの成長定理から考えると、この時期の日本の高度成長は見事に説明でき、高貯蓄は日本の高度成長に大きな役割を果たしたといえる。
また高度経済成長の時期は、消費の伸び率が著しく、この消費の高い伸び率が、需要面から成長を支える要因となっていた。一般的には、消費が拡大すると貯蓄が減ると考えるのだが、この時期には大きな消費の拡大にも関わらず、所得の伸び率の方が高かったために、貯蓄率も上昇していった。そして、この高い貯蓄水準が産業資金となって、経済成長を促進するという好循環生んだ。すなわち、高貯蓄が資本ストックの増強となって高度経済成長を生み、増加した所得がさらに消費水準を高めながら高水準の貯蓄を生み、その高貯蓄が投資となってさらに経済成長をうながしたという状況であった(図表16、図表17)。
こう考えてくると、やはり貯蓄は日本の高度経済成長の大きな要因であったと言えるであろう。
高度成長期には、成長の源泉として歓迎されていた日本の高い貯蓄率が、石油危機後、問題視されるようになってきた。
高貯蓄率が問題とされるのは、まず、貯蓄=可処分所得ー消費、という式が頭の中にあり、高貯蓄になると、消費が抑えられるという考えに基づいたものであると言える。まず、不況は過少消費によって引き起こされるという説を挙げてみる。どこかに支出に結びつかない所得ができてしまうと、その分生産が過剰になる恐れがあり、その意味で経済は常に過少消費による不況の可能性を抱えているといえる。この過少消費が不況の原因だという考えがある。ホブソンの場合、高所得者の過剰貯蓄が過剰生産の原因だと考えた。またマルサスは、利潤の中に消費されない貯蓄が生まれ、これが過少消費をもたらすと考えた。この考えから行くと、
ということになる。すなわち日本の高貯蓄は日本経済にとって良くないという結論に達する。
石油危機後は、経済成長率が以前ほど高くなくなり、その原因は高い貯蓄率にあると考えられるようになった。すなわち、石油危機を契機として貯蓄率が上昇し(図表18)、その高貯蓄が消費を抑制し(図表19)、総需要を減退させ、さらにこの総需要の減退が設備投資を停滞させ、長期的な景気停滞を招いたと考えたからである。そして、貯蓄率が低下しないことが石油危機後の成長率低下の原因であることが強調されるようになった。つまり
ということである。
これは、いわゆる乗数加速度モデルで考えた場合である。このモデルを前提として考えていくと、政府の政策は以下のようになる。まず財政支出を拡大して、需要の水準を引き上げる。そのことによって生産が拡大し、これが設備投資をも誘発するので、景気を快復方向に誘導することができる。石油危機後は、この考えに基づいて、積極的な財政政策を行ったのである。しかし期待されたような効果は見られなかった。すなわち、石油危機以降の日本経済を乗数加速度モデルの枠組みで分析することが不適切であったという結論になる。
供給側を重視するモデルでは、石油危機によって、需要が減少したから成長率が下がったのではなく、石油価格が上昇したことにより、生産を引き下げる方が企業にとっては利益が大きくなるため、企業が生産を引き下げ、その結果成長率が下がったと考える。すなわち、乗数加速度モデルのような、需要中心のモデルで考えると、潜在成長率は高いのに、政府が緊縮財政を行っているから成長率は低いということになる。しかし、その人達の主張が正しいと考えると、第一次石油危機以降、ずっと需要の不足が継続しているといえるので、日本はどうしようもない失業の国になっていなければならない。実際はそのようなことはなかった。逆に、供給中心のモデルをもとに考えると、石油価格の上昇が直接生産水準を引き下げるため、成長率の低下は潜在成長率の低下であり、財政政策を行っても意味がないということになる。
それでは、政府はどのような政策を実施すれば良かったのか。ここでは、新古典派モデルを用いて考えてみる。このモデルで考えると、先程の乗数加速度モデルで考えたときの積極財政とはまったく異なったものとなる。積極的に財政政策を行っても、この時期の日本はすでに完全雇用であるので、財政支出を拡大しても成長率は上昇せず、ただ他の需要を追い出すだけである。この場合の政策は供給側からの要因によって、成長率を高めるべきである。すなわち、貯蓄率を高め、財政も赤字を縮小し・黒字を拡大することがが必要となる。つまり先ほどの政策提言とは、まったく逆の政策となる。
ここで考えておかなければならないのは、完全雇用かどうかということである。もし失業が存在すれば、前者の乗数加速度モデルで考えることが妥当である。しかし完全雇用であれば、後者の新古典派モデルで考える必要がある。第一次石油危機直後の一時期は不完全雇用であったが、それ以外は完全雇用といえる。よって、完全雇用に近くなったあとには、積極財政策が有効でなかったのも当然なのである。石油危機をさかいに、成長率が低下したことを理解するには、新古典派モデルで考えなければならないということになる。
高度成長期、経済成長の原因として高貯蓄率は非常に重視されてきた。しかし石油危機後、この高貯蓄率はデフレと財政赤字を生み、また経済成長の足を引っ張る悪者と考えられるようになった。だがこれまで述べてきたように、高貯蓄が原因で成長率が低下したとは言い難い。むしろ理論的には、高貯蓄の方が良い結果を得られたはずである。すなわち日本の高貯蓄は、石油危機後も日本の経済成長に必要であったと考えられる。