第4章 日米比較と日本における政策課題

4.1コーポレート・ガバナンスに関する日米比較

 以上、第2節では米国の機関投資家の動向、第3節では日本の機関 投資家の動向について見てきたが、これらをまとめると、図表14のようになる。

 この表から分かるように、米国と日本ではいくつかの違いが見ら れる。まず1つめとして、日本では、機関投資家による株式保有が米国のそれと比べ て依然として少ない。2つめとして、機関投資家がコーポレート・ガバナンスを強め るインセンティブとして、米国では株式保有の増加という最も直接的なことが要因に なっているのに対し、日本では株式ではなくより間接的な要因が働いている。それら は、機関投資家にとって、自発的というよりはむしろ外的な圧力によるコーポレート ・ガバナンスを促している。3つめとして、影響力を強める背景の中に、米国では機 関投資家によるコーポレート・ガバナンスを促すような制度的バックアップがあるの に対して、日本ではそれに相当するものが見当たらないという点が挙げられる。株主 という立場からは、日本でも、1993年に株主代表訴訟制度に関して費用の見直しが行 われたが、エリサ法のような機関投資家に対する制度改革は行われていない。4つめ として、米国では主に取締役会の改革に重点が置かれ、取締役会を通じたコーポレー ト・ガバナンスが機能しているのに対して、日本では経営陣の議案に対して反対票を 投じるという議決権行使がメインであり、株主総会を通じてコーポレート・ガバナン スが行われているという点である。つまり、米国の方がより経営に密着したコーポ レート・ガバナンスが行われているということが言える。

 前半の二つに関しては、前章で述べたように、今後、資産運用に 関する規制緩和や株式持ち合いの解消、金融システム改革法や会計制度の変更などに よって、特に現在でも株式割合が上昇している年金基金を中心として機関投資家によ る株式の保有が増加し、日本においても米国と同様のインセンティブが働くことが考 えられる。株式保有の増加は、機関投資家にとって、ウォール・ストリート・ルール が機能しなくなるというだけでなく、企業に対する株主としての影響力を強めること によって議決権行使がより行いやすい状況を作り出し、コーポレート・ガバナンスを より活性化させるものと思われる。


4.2日本における今後の政策課題

 一方、後半の二つの方は、機関投資家によるコーポレート・ガバ ナンスを強化するために見直すべき点であり、なんらかの策を講じる必要がある。 近年、資産運用競争の激化などから受託者の責任が高まっているにもかかわらず、運 用機関の受託者責任に関する規定は統一的な定めがなく、それぞれ個別の業法によっ て規定されており、また、法律上の強制力があるのか、望ましい実務慣行に過ぎない のか判然としない部分がある。既に掛け金の運用実績に応じて将来の年金額が変わる 「確定拠出型年金制度」の原案がまとめられ、2000年秋をめどに導入が検討されてお り、そうなると今後、年金加入者や基金に自己責任原則が強く求められる一方、同様 にそれを受託する側の機関投資家にも責任が求められる。この点、米国では、74年に 制定されたエリサ法に「受託者責任」が明確化されているが、これが、機関投資家に 対してコーポレート・ガバナンスを促す背景となっていることからも、日本において もエリサ法のような受託者責任規定の導入が行われるべきである。より具体的には、 受託者の行動についての情報公開義務と受託者責任違反に対するペナルティーを明ら かにすることが必要とされる。さらに、第3章の2節でも触れたように、年金基金に関 しては、我が国の現行法制の下では、実質的な株主でありながら、運用機関に対し議 決権行使の指図をすることは一切できないということになっている。このため、受託 者責任を法制化するにあたり、このような制約が解消されると共に、現実的な議決権 行使のあり方や経営監視機能を有効に発揮する具体的手法の検討が求められる。

 また、コーポレート・ガバナンスの形態が違うということに関し ては、米国では機関投資家の送り込んだ社外取締役が株主の代理として経営モニタリ ングに重要な機能を果たしていること、あるいは経営者に対する説明責任を高めると いう観点から、機関投資家による取締役会の改革、具体的には社外取締役の導入が重 要であると考えられる。しかし、米国では、取締役会の経営能力と独立性を高めるこ とで、経営陣の怠慢や暴走を防ぎ、収益力や株価を引き上げる策を講じているのに対 し、日本では株主の利益に反すると判断した経営陣の議案に対し、反対票を投じるに とどまっており、機関投資家による積極的な取締役会の改革は期待できない。これは 初期の米国のコーポレート・ガバナンスがそうであったように、経営刷新というより は個別の問題に対応したものである。今後株式保有の増加などから、さらに機関投資 家によるコーポレート・ガバナンスが進み、米国のように、会社法の改正ではなく自 主規制による取締役会の改革が進む可能性もあるが、一方で、社外取締役の導入を法 規制によって義務づける方法の方がより確実である。米国では機関投資家の圧力が取 締役会の改革に結びついたが、逆に取締役会の改革が株主の意見を経営に反映させや すくし、それによって機関投資家によるコーポレート・ガバナンスは促進される。ま た、社外取締役中心の取締役会による経営の監視は米国においてそうであるように、 説明責任がより強く要請されることによってそれが経営者に対する圧力となり、経営 がより透明性を増すと共に、経営者が自ら効率的な経営を目指すインセンティブを与 えることにもなると考えられる。日本においても、ソニーなどのように既に社外取締 役を導入している企業や導入を検討している企業などもあり、独立した経営監視役と しての取締役会を目指した動きは進行しつつあるが、法的な対応によってそれらをよ り即急に促進させることが重要である。しかし、現状のままで単に社外取締役の導入 だけを義務づけたとしても、取締役会の独立性や活性化にはつながっていかない。導 入を義務づける際には、(1)企業と直接利害関係のない独立した社外取締役である こと、(2)取締役の構成員数を減らして的確かつ迅速な意思決定を行うことが可能 な人数とすること、また、実際に社内取締役の方がより情報を入手しやすいことから (3)社外取締役に対する情報提供を充実させるための支援体制を確立・強化するこ と、などの諸条件が必要となる。

 以上、日米の比較から日本における機関投資家によるコーポレー ト・ガバナンスを促進させるための課題について検討してきた。これらを総合して言 えることは、日本では、(a)経営者、(b)取締役会、(c)株主としての機関投資 家が、それぞれ(a')取締役会、(b')株主としての機関投資家、(c')資産運用委 託者、に対して負っている責任が不明確であり、それを確実に果たすためのシステム が整備されていないということである。受託者責任の強化、あるいは社外取締役の導 入などはそれを強化するための一つの方法であり、今後日本のコーポレート・ガバナ ンスを機関投資家が担ってゆくためには、このように、それぞれが果たすべき責任を 明確化することに重点を置いて改革を進める必要があるだろう。

                                                                     以上



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