第2章 米国のコーポレート・ガバナンスにおける機関投 資家

2.1 機関投資家によるコーポレート・ガバナンス定着の背景

 米国では既に、機関投資家が、株式の保有率増加などを背景にし て、コーポレート・ガバナンスに対する影響を強めている。機関投資家とは、不特定 多数の投資家から資金を集めて、投資家のために資産運用を専門的に行う投資家のこ とで、主なものとしては、生命保険会社、投資信託、年金基金などがある。機関投資 家の最大の機能は、小口投資家にとってコスト高になる証券投資を代わって行うとい うものである。資産運用に伴う規模の経済性を生かすことで、リスクを分散させたり 情報コストを効率的に低下させたりすることが機関投資家の目的である。一方、コー ポレート・ガバナンスとは、日本語では「企業統治」と訳されている。コーポレート は「企業の」、ガバナンスは「統治」という意味がある。広い意味では、これは、家 計部門の貯蓄を投資・生産活動という形で運用する企業を監視し、必要な時に企業の 経営に介入することを意味している。企業は資本市場から資金(資本)を調達し、それ を投資して、他の生産要素と組み合わせることによって生産活動に当たり、将来の収 益(所得)という形で還元しようとする。企業は生産主体であると同時に、トップ経営 者を頂点に持つ意思決定システムでもある。経営者が勤勉に働き、資本市場から預 かっている資産を効率的に運用しているかどうかを監視し、そうでない時にはしかる べき措置を取ることがコーポレート・ガバナンスの役割である。

 そこで、まずは近年コーポレート・ガバナンスに対して影響力を 強めてきた米国機関投資家について見ていきたいと思う。米国の機関投資家は特に 1990年代に入ってその影響力を強めてきたが、その背景にはどういう要因が存在した のかを1970年代から80年代にかけての機関投資家を取り巻く状況の変化から説明する ことにする。

2.1.1株式保有率の上昇

 第一の理由は、米国の機関投資家の全投資家に占める比率が80年 代を通じて徐々に拡大してきたことがある。米国では、グラススティーガール法に よって商業銀行の株式所有が禁止されていることもあって、伝統的に個人株主の持ち 株比率が最も高かったが、図表1の株主分布表に見られるように、1950年には約90%を 占めていた個人投資家および公益団体の割合は1996年の段階で50%を下回っており、 これとは対照的に機関投資家の持ち株割合が増加してきた。1950年には全株式の6%に 過ぎなかった機関投資家の占める比率は、1996年には約半分を占めるに至っている。 中でも、年金基金とミューチュアル・ファンド(株式投信)の伸びが大きい。これ は、図表2から分かるように、確定拠出型年金、特に401Kプランのウエイトが高ま り、個人が株式を直接資本市場で購入する直接投資から、機関投資家を通した株式の 購入した間接投資へ大きくシフトしたからである。このようにして機関投資家の持ち 株が増えた結果、米国市場における最大の投資家としての地位を確保し、株主として の発言力を強める基盤を築くことになったことは言うまでもないが、同時に、持ち株 企業の経営に不満があれば市場で売却すればよいというウォール・ストリート・ルー ルがもはや機能しなくなったことも、経営に関与するきっかけを作った。零細な単位 で株式を所有する株主にとっては、会社運営に対して積極的行動をとることはコスト =ベネフィットを考えた場合、非合理的であった。しかし、株式の保有額が大きくな ると、それらを市場で売却することによりマーケット全体の株価が低下し、結果的に 保有株式の価格の低下という追加的な損失が伴うため、機関投資家は株式の売却で意 思表示するウォール・ストリート・ルールを放棄するようになった。それに代わっ て、直接経営に関与して業績を好転させ、結果として株価を引き上げる戦略に転換し た。

2.1.2インデックス・ファンドの普及

 さらに、株式投資においてインデックス・が普及したことも売却 不可能な状況を生み出し、発言力強化を促した。1973年の第一次オイルショック時 に、米国の株式市場は約50%に及ぶ大暴落を経験し、特に機関投資家に好まれた銘柄 の下落は大きく、一時は株価収益率で約50倍にまで買われたこれらの銘柄は、79年に は10.3倍にまで落ち込んでいる。この株式暴落の経験から、機関投資家の資産運用は 保守化傾向が強まり、運用対象ごとに比重を定めたパッシブ運用を行うようになって いった。さらに、年金基金に関して言えば、1974年のエリサ法による受託者責任強化 の一環としてのプールデント・マン・ルールの適用と、それと共に明文化された分散 投資ルールにより、積極的に銘柄を入れ替えたり株式保有率を変化させるアクティブ 運用に対し、インデックス・ファンドによる運用が合理的な運用として認識されるよ うになった。このような保守的な株式運用は80年代に入っても続く傾向が見られ、中 でも、カリフォルニア州公務員退職基金(カルパース)、ニューヨーク州従業員退職 基金、など公的年金を中心とした大型年金基金のインデックス比率が高くなっている (図表3参照)。インデックス・ファンドによる運用はアクティブ運用に比べて長期 的な運用形態である上に、何百という株式を1パッケージとして購入するため、経営 に不満がある場合でも、その銘柄のみの入れ替えは困難になる。このような特徴を持 つインデックス運用の高まりにより、ウォール・ストリート・ルールが機能しなくな り、結果的に投資先企業への影響力を強めることになった。

2.1.3買収防衛策への反発

 さらに、敵対的企業買収が活発化し、それに対する機関投資家の 対応が変化したことも要因の一つと考えられる。米国においては、銀行は企業の株式 を原則として保有できず、また、銀行や年金基金、生命保険などの機関投資家は特定 の企業の株式やローンを集中して保有することを妨げられている。さらに、危機に 陥った企業経営に対して、銀行などが救済のために関わることは、法律の上で銀行の 債権者としての立場を毀損する危険を伴うために、銀行等は、日本の銀行の場合に見 られるような、積極的な支援を展開することは不可能である。このように、米国の場 合、企業経営に近い立場から経営を監視し、規律づけを与える銀行、機関投資家が不 在であるために、敵対的企業買収が活発に行われやすい。これらは、1980年代に活発 化し、資本市場を介して効率の悪い企業を淘汰するという経営の効率化という観点か ら当初は肯定的に受け止められていた。また、買収者は自らの買収を成功させるた め、市場株価よりもかなり高い買収価格を示さねばならず、株価も買収を意識して高 めに推移するため、機関投資家を含め、既に株式を持っているものにとって株価プレ ミアムの獲得という点から有益なものであった。しかし、80年代後半から、敵対的企 業買収は、企業のエネルギーをいたずらに消耗させるため結局経済全体の活力を損な うというマイナス面が指摘され始めた。また、買収への対抗策としてポイズンピルや ゴールデンパラシュートなどを採用する企業が増加する一方、これらの買収防衛策は 株価を抑える要因となりかねず株主である機関投資家にとってデメリットが大きいこ とが次第に明らかになった。このため、機関投資家は株主としての意識を明確にし、 買収防衛策の廃止を求めたり、買収の対象になることを事前に回避できるよう、株主 提案などを積極的に行うようになった。

2.1.4制度的バックアップ

 さらに、機関投資家の影響力の背景には、制度的な変化もある。 前述したように年金基金に関しては、1974年にエリサ法が制定された。この法の中で 投資に関する重要な規定は、注意義務と忠実義務からなるプールデント・マン・ルー ルである。これは日本の年金基金に一律に課せられている資産保有制限枠(リーガル ・リスト)とは違い、委託者の定めた範囲内で自由に投資判断して行動できる一方 で、受託者としての責任を明確にするものであった。エリサ法の制定により、受託者 責任が強化されたことが機関投資家のコーポレート・ガバナンスへと導いたことは言 うまでもないが、それと同時に分散投資が義務づけられ、このことをきっかけとして インデックス運用が普及したことからも、この法の制定は影響力を強める背景の一つ として考えられる。

 その後、1988年に企業年金基金を管轄する労働省がエイボン社に 対して発した「エイボン・レター(Avon Letter)」と呼ばれる書状の中で、企業年 金が保有する株式の投票権の扱いについて、エリサ法に則ってどう解釈するかを明ら かにした。この書状の趣旨は、「株主総会で諮られる事項は、投資価値に大いに影響 を与えるものであり、投票権の行使は年金運用の権限を与えられているインベスト・ マネージャーの権限の範囲内であり、インベスト・マネージャーが投資者に対して負 う信任義務である。」となっており、具体的には、資金運用家に(1)委任状投票の 義務、(2)投票過程、投票決定の正確な記録をつけること、(3)投票の際には、基 金投資価値に影響する要件のみを考慮する義務を課した。このような委任状投票政策 の変更により、年金基金が保有する株式の議決権行使をする行動に合理的な根拠づけ がなされたといえる。

 一方、1992年には、アメリカ証券取引委員会(SEC)が大口株主 間の意見交換のために開く会合に関する規制が緩和された。それによって、委任状の 届出や勧誘手続きを経ずに株主が互いに口頭でコミュニケーションを取れるように なった。それまでは、大口株主が10名以上集う場合、事前にその内容を報告する必要 があり、事実上、大口株主間の意見交換会の開催を妨げる結果となっていたが、新規 則により、委任状の勧誘を行わない株主については、事後報告だけで意見交換を行な えることができるようになった。また、同時に委任状の届出制度と勧誘手続きも緩和 された。SECは、さらに、カルパースを初めとする機関投資家が問題視していた、役 員の高額報酬問題について、機関投資家がチェックできるようなレギュレーションを 導入している。具体的には、役員報酬を過去三年にさかのぼって、委任状説明書に掲 載すること、またストックオプションを金額表示で公表すること、の二点を導入し た。


2.2機関投資家による具体的活動

 前節で述べたように経済環境、制度的な変化を背景にして機関投 資家はその影響力を強めてきた結果、彼らは特に株主としての権利を積極的に活用し 始めた。もともとは、80年代の買収ブーム時に経営者が打ち出した防衛策に対して異 議を唱えるための株主提案が中心であった。例えば、1989年のK‐マート社のポイズ ンピルに関する提案や、1990年のトランスアメリカ社のゴールデンパラシュートに関 する提案がある。比較的新しい例では、1994年にも、米国の半導体大手インテル株主 総会において、5年前に同社が設けた買収防衛規定をめぐり、規定廃止を提案した株 主と経営陣の間で激しい議論が交わされた。廃止を提案したのは、年金基金を通じて 同社株の0.01%を持っている国際サービス従業員組合で、会社側は他社の例などを挙 げて反対を呼びかけたが、廃止の提案は55.8%の支持を集め、ただちに制度の廃止が 約束された。これらは、会社の合併・買収時において、株主の権利を侵害するような 場合に限った提案であった。しかし次第に、このような特殊な場合のみならず、通常 時のコーポレート・ガバナンス分野に深く関連する問題へと拡大し、それに伴って、 その焦点は秘密投票制度の採用、株主諮問委員会の設立、取締役会制度の改革に当て られるようになってきた。特に近年、機関投資家が株主権を行使するためには、取締 役会が経営陣から独立したものである必要がある、という認識から、取締役会制度の 改革に関する企業への圧力はますます大きくなっている。コーポレート・ガバナンス という観点から問題になっているのは、本来株主の代表であり、企業経営のチェック 機関として会社を総覧すべきはずの取締役会が、経営陣トップである最高経営責任者 (CEO)に牛耳られている点である。米国の企業では、CEOが取締役会会長を兼任する ことはごく一般的であり、取締役候補者の指名をCEOが行うこともある。さらに、取 締役会に提供される情報が経営陣によって操作される可能性もあるため、取締役会は 会社を外部から監視するという本来の機能を果たしていないのではないか、という疑 問を持たれるようになった。これを改善しようという動きから、現在のように取締役 会制度の改革はコーポレート・ガバナンスの中心になり、機関投資家が積極的に改革 に取り組むようになった。このことに関して、ここ2,3年の機関投資家(主にカル パース)の関与した取締役会の動きを中心に検証していくことにする。

 まず、1997年の動きを見ると、タイムワーナーが株主総会で、社 外からの大物のCEOを取締役会へ招き入れると共に、取締役全員を毎年改選すること を決めた。このように取締役会の独立性向上などを求める圧力が強まったのはタイム ワーナーの株価が長期低迷していたためで、大手機関投資家で構成する機関投資家協 議会(CII)からの批判や全運輸労働組合の年金基金による株主提案がされていた。ま た、アップルコンピュータでは、会長兼CEOであったギルバート・アオリオ氏が突然 解任された。アップル社はカルパースによるコーポレート・ガバナンスの「問題企業 リスト」に加えられており、この数ヶ月前には、取締役会の改革要求が経営陣に対し て突き付けられていた。解任後、アップル社は結局この要求を受け入れ、取締役会の 抜本的改革を決めたまた、アップルコンピュータでは、会長兼CEOであったギルバー ト・アオリオ氏が突然解任された。アップル社はカルパースによるコーポレート・ガ バナンスの「問題企業リスト」に加えられており、この数ヶ月前には、取締役会の改 革要求が経営陣に対して突き付けられていた。解任後、アップル社は結局この要求を 受け入れ、取締役会の抜本的改革を決めた。一方、その間にカルパースは、21世紀を にらんだ先進的なガバナンス原則を定めた原案を作成し、公表している。その内容 は、(1)従業員を兼ねる取締役はCEOに限る(2)株主代表の取締役会会長は完全な 独立性を維持する(3)10年以上勤務した取締役は独立性に欠けると見なす(4)70歳 以上の取締役会メンバーは全体の1割以下にする、というもので、その内容は、いず れも取締役会の独立性を高め、CEOに対抗する力を与えるのが狙いである。

 1998年にも、巨大機関投資家の圧力を受け、社外取締役による米 国企業の有力CEOの解任が相次いだ。サンビームやシゲート・テクノロジーなどで著 名なCEOが解任されたのに続き、エレクトロニック・データ・システムズ(EDS)のCEO も退任した。EDSはジェネラル・モータ−ズ(GM)からスピンオフした96年以降、IBM にシェアを奪われるなどで業績低迷からなかなか抜け出せず、カルパースからガバナ ンス体制に不備があるとして「問題企業リスト」に加えられ、経営刷新を要求されて いた。株主総会では、カルパースが提出したCEOと会長職の分離案に多数の機関投資 家が同調し、大量の賛成票が集まった経緯がある。

 今年に入ってからは、現時点で株主総会が行われていないことも あり、CEOの解任などは行われていないが、5月には失望的な株価や業績から企業統治 の内容を見直す必要性があるとする米国企業9社に対して、社外取締役の人数を増や すことや独立した監査役を登用することを要求した監査役を登用することを要求し た。

 このように、機関投資家による取締役会制度の改革は、社外取締 役の導入に始まり、CEOの解任にまで発展している。このような機関投資家の圧力に よるCEOの解任は、1990年代初頭からGM、アメリカン・エキスプレス、IBM、ウェスチ ングハウス・エレクトリックなどの大企業でも見られていたが、ここ2,3年でさらに 勢いを増している。さらに、CEOが取締役会の会長を兼ねて双方を支配するのが当然 となっていたことに対する反省から、会長とCEOを分離すると同時に、社外取締役を 増やすという企業が増えており、米国役員派遣会社スペンサー・スチュアートの調査 では、米国大企業百社の取締役会の平均規模は13人であるが、そのうち社内出身者が 2人以下の企業が半分を占めた。既に会長とCEOが分かれているGMでは、14人のうち12 人を社外取締役が占め、取締役会はCEOなど幹部社員に対する報酬や経営成績の評価 などについて厳しく監視している。

 米国のコーポレート・ガバナンスは、機関投資家の積極的な活動 によって、具体的にはCEOと会長を分離させワンマン経営を阻止する一方、社外取締 役の比率を高めることによって、企業の最高意思決定機関である取締役会が、株主の 代表として経営からの独立性を飛躍的に高めるという形で進行している。機関投資家 の提唱するような独立した取締役が取締役会に加わった場合、このような取締役は経 営者に対し率直に意見を述べることのできる立場にあり、このことは、説明責任(ア カウンタビリティー)を促すという点で、経営者に対するより大きな脅威となること が予想される。また、機関投資家の継続的な圧力により、より多くの会社が過半数の 独立した取締役や独立した指名委員会を導入している。これにより、取締役会は経営 者に対し以前より率直な意見を表明できるようになりつつある。このように米国で は、機関投資家が社外取締役を送り込み、かつその社外取締役が、経営からの独立性 と専門性を高めることによって、外部の市場を通してではなく、内部の取締役会に入 り込むことで、経営に密着したモニターが可能となっている。



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