第6章

  銀行評価の問題点と今後への展望

   


第5章において、Zスコアと格付け・株価・株価ボラティリティの各指標を相互比較して、その信頼度を統計的有意性とは異なる側面から眺めてみた。そこから考えられるZスコアの評価できる点および問題点を以下にまとめる。

 

<評価できる点>

  1. 主観的・恣意的判断が伴うムーディーズ格付けよりも、システマティックに格付けを行う判別分析の方が精度の高い面が一部ある。ムーディーズは、「大和銀行」と「日本長期信用銀行」の両行に対する格付けを、1997年、1998年時点で同格にしている。しかし、「長銀」は破綻したものの「大和銀行」は現在も健在である。両行の間の格付けを事前に差別化して発表できなかったムーディーズには、格付けに対して見直しを行うべきであろう。また1999年時点の格付けは、特別公的管理下になった「長銀」には「大和銀行」よりも高い格付けを与えている。一方、Zスコアは「大和銀行」が−1.2であったのに対して、「長銀」は5.61であり、相対的に見ても「長銀」の方が「大和銀行」より下位に位置する値を示した。それを裏付けるように、最近では「長銀」の不良債権額が更に増額したというニュースも耳にする。そのような中で「大和銀行」よりも高い格付けを与えたムーディーズは、格付け見直しの検討をすべきであり、Zスコアが明確に両行の優劣を差別化して表現できた点は評価に値する。但し、この一部的優位性が全体に拡張され得るものかは結論しがたい。また、ムーディーズによる格付けは、その性格上頻繁に変更される事は無く、逆に頻繁な変更は市場の混乱をもたらすため、ムーディーズ格付けが株価ほどタイムリーに財務情報を含む指標であるかも疑問な点である。
  2. Zスコアは、ムーディーズ銀行格付け、株価および株価ボラティリティと同様に、東京三菱銀行、大和銀行の位置付けを適格に算出していた。また住友銀行と三和銀行、富士銀行と第一勧業銀行の各々が、ほぼ同じ水準にあり、格付け・株価・ボラティリティと同じ様に微妙に前後する事を算出した。加えて、さくら銀行が他の都市銀行を若干下回っている事も的確に算出している。但し、東海銀行、あさひ銀行、日本興業銀行に関しては特徴ある結果を算出し、これをどの様に判断するかは難しい。
  3. 判別関数式で説明力のあるのは、ROA・リスク管理債権比率・自己資本比率の3つの財務指標である。従って、各銀行にとって重要な指標であり、銀行経営のインプリケーションとなろう。Zスコアの低い銀行は、この指標を改善させる事でZスコアを上げることが可能となる。
  4. Zスコアは、ある1期の財務諸表から計算され得るため、簡便である。実際、本稿の分析も特定の1期の財務諸表のみより作成されたものである。
  5. 株価は需要と供給によって決定付けられ、需要が高まるという事はそれだけ企業の将来期待価値が高まっている事を示し、それは即ち企業の価値≒格付けとなる。よって、大多数の投資家が決定した格付けであり、一般的に大衆に受け入れられ易い。但し、最近のインターネットビジネス関連銘柄が高騰、一転して下落した様に、期待が強すぎファンダメンタルから乖離する事がしばしばある。これは、即ち株価ボラティリティも同様である。これに対してZスコアは、一時的な株価の急変動などに影響される事が無い点で評価できる。但し、財務諸表が粉飾されていない事が前提である。
<問題点>
  1. 判別関数式の説明変数による総合的説明力(銀行そのものの評価)は、果たしてどれぐらい行えているのかは不明である。よって、Zスコアをどこまで信頼していいかは、一概に結論しかねる。また、ある銀行において何かしらの特筆すべき優位な点があるとして、それに関する財務指標がこの式に含まれていないならば、その銀行を正当に評価している事にはならないであろう。
  2. Zスコアがある年の1期の財務諸表から算出できる事はメリットである。しかし、中間決算・本決算の年2度しか手に入らないため、その間の企業の姿をZスコアによって計算する事ができない。また、全く時系列データを含まないため、現在の状態を明確に語る事は出来ても、将来の予測に関してどれだけ説明力を有するかは疑問である。アルトマンによる企業倒産研究によれば、数年前から倒産の兆候を掴み取る事が可能な様ではある。また、昨今のデリバティブの隆盛がより銀行業の不透明さを増長させている事も、Zスコアには脅威である。一昔前ならば、預金者から集めた負債を企業への貸出しによって運用利鞘を稼ぐのが、普通の銀行業であった。それは単純な仕組みなため、あとは貸出し先の優良さによって銀行の優良さも決定される。本稿の判別分析の様に1期の財務諸表からの分析でも、十分に銀行の格付けは可能であったであろう。しかし、デリバティブによる突然の損益の発生は全く分かるものではない。オフバランスまでは加味する事ができない点も、この判別分析という手法の限界である。
  3. 第5章の5.1、「なみはや銀行」「新潟中央銀行」の例から明らかなように、Zスコアを算出するに当たって、財務諸表が粉飾決算や簿外債務、リスク管理債権額の過小報告にさらされている場合、正しい銀行評価を下す事はできない。
  4. 判別関数式を作成するに当たり、銀行の数が少なくなかったかどうか、疑問が残る。しかし、倒産した銀行自体が少ないため倒産群銀行のデータ不足は改善しようがない。非倒産群銀行の数も倒産群銀行に合わせて少なめにしたものの、全体のバランスを考えると適当であったと言える。
  5. 今回作成された判別関数式のうち、:経常収支率の係数がマイナスとなっている点は問題である。本来、経常収支率が低ければ経営効率が良いわけである。ところが、この判別関数式から算出されるZスコアはマイナスの値へ大きいほど健全な銀行という指標であり、マイナスの係数である経常収支率が高い非効率な銀行ほど「健全である」という、矛盾した結果をもたらす。これは、本多正久・島田一明(1998)でも指摘されているが、判別関数式を作成してみると統計的有意性が高くとも実用的でなかったり、実用性に向いていても統計的有意性が無いという事が起きるようである。また今回、判別分析を行うにあたって前提条件となる「等分散性」をボックスのM検定によってチェックして、M検定の検出力は強いためほぼ素通りしたが、本来は等分散性に問題が無かったとは言えない。また中山(1998)も指摘しているように、判別分析のもう1つの前提条件である「多変量正規性」を財務データが満たすと仮定する事は、困難である場合が多い事もある。よって今回判別関数式は、1変数の係数が逆転していた事を含め、大いに改善の余地があると言えよう。

 

 以上より、Zスコア・格付け・株価・株価ボラティリティの各指標とも有効性を有しているものの、いずれか一つの指標に全面的に依拠する事はできない、と結論する。また、それは危険である。そもそも、Zスコアが1期の財務諸表より算出される事、また格付けは頻繁にアップデートすると市場の混乱を招くため短期的に変更が無い点で、両者は「静の指標」であり、一方の株価・株価ボラティリティは、日々刻々と移り変わる需要・供給に合わせて頻繁に変化する点で「動の指標」である。この性質の異なる両指標を巧く用いる事こそが必要であり、どれが正しいと言いきれるものではないであろう。

銀行の評価は、普通の企業と異なり特に難しいと言われる。それは外部者からは銀行業は不透明な事業に見えるからである。なぜなら、例えば本稿の判別分析の中で、判別関数式の説明変数の1つとして「有価証券投資効率」を用いた。そして、その効率とは即ちポートフォリオのリスクとそのヘッジにあるわけだが、果たして、どの様にリスクヘッジをしているかに関して全く情報が無い。よって自己資本等、資金の潤沢さから安全性は分かっても、投資先をどういった対象に向けているのか、本質の安全性は不明である。結局、その結果としての金額でしか評価のしようが無い。

今回、限られた指標を用いて行った判別分析は、銀行経営の一端を垣間見る事は出来たかもしれない。だが、「企業評価」と呼べるだけの情報の集約力を持っているとは考えられない。それよりも、簡便であり扱い易い総合的指標である事、そして格付け・株価に対する捕捉力も相応に有しているという点に主眼を置けば、これからも改善・応用を図ってゆく余地が十分にあると考えられる。

 
以上。
 
 
付表:銀行財務データ(1999年3月31日決算時点*)
  *ただし、破綻した銀行は倒産前の時点で発表された最近の3月31日時点のもの。詳細の倒産年月日は本文第3章を参照。
銀行名
自己資本比率(%)
ROA(%)
ROE代替指標(%)
経常収支率(%)
有価証券投資効率(%)
リスク管理債権比率(%)
倒産・非倒産
長銀
3.01 
-1.07 
73.82 
123.63 
-5.98 
8.74 
倒産
日債銀
3.69 
0.14 
103.93 
97.46 
-8.48 
22.74 
倒産
幸福
-10.34 
-11.28 
-1101.61 
487.48 
1.23 
15.76 
倒産
国民
-17.80 
-19.83 
-879.05 
796.95 
0.81 
23.71 
倒産
東京相和
-4.04 
-7.67 
-111.28 
281.09 
-9.88 
14.29 
倒産
静岡
6.47 
0.39 
106.44 
87.80 
20.69 
2.97 
非倒産
中国
5.49 
0.34 
106.60 
88.86 
3.95 
2.97 
非倒産
阿波
5.04 
0.32 
106.75 
88.78 
8.98 
1.09 
非倒産
七十七
4.69 
0.39 
109.01 
86.33 
13.93 
5.48 
非倒産
伊予
5.31 
0.23 
104.45 
92.67 
18.16 
3.56 
非倒産
山口
5.56 
0.12 
102.24 
95.70 
7.69 
2.65 
非倒産
常陽
5.47 
0.18 
103.34 
96.33 
7.95 
5.30 
非倒産
香川
6.33 
0.37 
106.22 
88.34 
11.31 
2.23 
非倒産
八十二
5.17 
0.20 
103.96 
93.85 
16.13 
2.77 
非倒産
岩手
4.47 
0.36 
108.71 
87.24 
10.91 
2.09 
非倒産
第一勧業
4.58 
-1.25 
78.60 
135.75 
4.63 
6.65 
さくら
4.71 
-1.37 
77.42 
138.93 
-1.93 
5.45 
富士
5.01 
-1.43 
77.75 
129.59 
2.97 
4.57 
東京三菱
4.13 
0.10 
102.48 
100.66 
11.28 
5.35 
あさひ
4.79 
-1.31 
78.54 
145.33 
3.03 
4.41 
三和
4.42 
-1.30 
77.24 
132.46 
5.79 
4.33 
住友
3.58 
-1.23 
74.46 
138.52 
6.46 
5.81 
大和
6.05 
-1.28 
82.49 
146.04 
-7.96 
7.53 
東海
5.31 
-1.03 
83.70 
128.08 
4.36 
2.55 
興銀
3.86 
-0.82 
82.46 
111.66 
0.26 
9.14 
中部
1.66 
-1.42 
53.77 
136.34 
-1.48 
8.12 
東日本
2.86 
-1.40 
67.13 
150.36 
-4.64 
6.06 
関西
3.31 
-5.93 
35.80 
259.98 
-0.37 
11.10 
仙台
2.18 
-0.32 
87.28 
116.15 
0.89 
5.34 
泉州
1.74 
-2.78 
38.46 
199.81 
-0.50 
6.94 
新潟中央
1.19 
-4.38 
-438.39 
239.04 
-0.35 
8.74 
なみはや
2.28 
-0.40 
-40.09 
117.21 
-1.63 
3.84 
 (出所):害UICK社のデータベースを基に著者作成。
 

 



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