近年の情報処理・通信技術は目覚ましい進歩をとげ続けており、広く社会に普及し
てきている。金融、その中でも日本の金融業界の中心である銀行業は、情報技術革新
の影響を受けてどのように変化してきたか、またどのように変化していくのかという
ことを第1部においてみていきたい。しかし銀行業と一口にいっても広く、日
本の現行の銀行法は、(1)預金または定期積金の受け入れと資金の貸し付けまたは手形の
割り引きとを合わせ行うこと、(2)為替取引を行うこと、のいずれかの営業が「銀行業」
である(池尾和人(1991)による。)としている。
そこで第1部では、銀行業の中でも決済業務にのみ焦点をあててみてい
きた。
決済業務は、従来銀行の聖域であるといわれてきた。しかしここ数年で、決済業務
は銀行の独占業務ではなくなる可能性がでてきた。産業界のエレクトロニクス化,情報
ネットワ−ク化と深い関連性を持つ支払い手段の電子化がその原因である。現在におい
ても、計算機能力の高いコンピュ−タやネットワ−クの充実により、商業信用で充分
なグル−プ会社間取り引きについては、金融機関を介さないネッティングによる決済
が可能となってきている。また、コンビニエンスストアによる代金収納サ−ビスは、
金融機関では充足されない部分の利用者ニ−ズに対応し、急速に増加している。
日本の金融業界は早くからエレクトロニクス化が行われてきた産業の一つである。
全国津々浦々にまで張り巡らされたATM(Automated Teller Machine)網をみても分かるように、利用者がこれと
いった不便を感じることなく利用することができてきた。しかし最近では人々の生
活は多様化してきており、営業時間に限りがある銀行のサ−ビスを十分だと思わな
くなりつつある。経団連が調査した「規制・慣行の見直しランキング」(1996年3月
25日発行)では(資料1参照)、1位に銀行の手数料・営業時間の多様化があがっており、生活者
は銀行のサ−ビスの多様化を望んでいることが明らかである。銀行の対顧客決済サ
−ビスは現在、多様化と電子化によって今までにはなかった局面に立たされている
といえる。
これまでも決済システムのエレクトロニクス化は行われてきたが、それは銀行間や
銀行内での決済システムに関するものが中心であった。もちろん銀行間の決済システ
ムのエレクトロニクス化は不可欠であり、もし成り立っていなければ今日我々が
当たり前のごとく感じているサ−ビスも受けられないのである。このようなエレクト
ロニクス化はもちろんのこととして、最近話題を集めている電子マネ−を一つの例と
してみても、銀行と顧客との間の決済は、支払い手段の多様化によって、電子化さ
れることによって多様化している。
この第1部では、電子化された、顧客とのネットワ
−クサ−ビスであり、銀行の顧客サ−ビスの多様化としてファ−ムバンキング、
ホ−ムバンキング、銀行POS(Point of Sales)、新ペイメントシステムをとりあげる。それぞれにつ
いて詳細は後で説明するが、ファ−ムバンキン
グは銀行の対顧客サ−ビスの中でも企業を対象としているものであり、ホ−ムバンキ
ングは一般の家庭または個人を対象としているものである。銀行POSは、企業といって
も販売店のレジスタ−であるなど対象がファ−ムバンキングとは一線を画している。
一方、従来のサ−ビスにはなかったような「電子マネ−」と一般に呼ばれるような新
しいペイメントシスムも、最近では小口決済の分野で銀行のサ−ビスに加わる動きが
見られる。このように、対顧客といっても対象別に様々な決済手段が銀行サ−ビスの
中にはある。これは利用者の変動するニ−ズにあう決済サ−ビスを銀行が提供し、よ
り多く利用されてこそ銀行が経営基盤を強化できるからである。具体的には、顧客は
このようなサ−ビスを利用することによって場所を移動する必要が無く、営業時間の
制限といった時間の拘束もうけないといったようなアクセス面での利点を享受す
ることができる。また、銀行も作業の効率化をはかることができる、情報を収集する
手助けになるなどといった利点がある。
対顧客サ−ビスの中でも、最近特に注目を集めている「電子マネ−」といった新ペ
イメントシステムが議論になる時、しばしばその目新しさに注意がいくあまり決済手段
と決済システムを混同した意見になってしまうことがある。「電子マネ−」といった
決済手段が実現を期待されたり、注目されたりするのは現行の決済システムが十分にエレク
トロニス化され、またネットワーク化されるかたちで、整備されているからである。「電子マネ−」の
みで決済が成り立つわけではなく、現行の決済システムを通ってはじめて決済が完結するの
である。決済システムと決済手段を混同しないためにも、決済の仕組みを理解するた
めに、対顧客ネットワ−クサ−ビスを説明する前に日本の金融機関のオンライン化、
清算システムである全銀システム、決済システムである日銀ネットをみていくことに
する。
本稿を書くにあたって渡辺秀文「情報技術革新は金融に何をもたらしたか?」(岡
部研究会1995年度春学期論文)を参考にさせていただいた。また、本稿は筆者の
岡部研究会1996年度春学期論文である「「電子マネ−」の現状と課題」から引き続き
研究を進め、考えた結果をとりまとめたものである(「電子マネ−」自体については、 鷹岡(1996)を参照していただきたい。)。