新ペイメントシステムとは、最近開発され実現しつつある新しい電子的な消費者向け
支払いシステムである。具体的には、最近注目を集めている「電子マネ−」が相当する
が、「電子マネ−」はマネ−つまり通貨とみるよりも、ここでは支払い手段である
と考える。したがって、「電子マネ−」と一般に呼ばれているが、
「電子マネ−」という言葉の定義が曖昧であり、各システムを包括して呼ぶ言葉として
は必ずしも適当ではない。そこで、ここでは議論の混乱を避けるため「電子マネ−」と
いう言葉よりも、新しい個人消費者向けの支払いシステムとしての「新ペイメントシス
テム」と呼ぶことにする(一般的には「電子マネ−」と呼ばれているので以下で
も「電子マネ−」という言葉も使うが、その前提にあるのは「新ペイメントシス
テム」である。)(ここでの考え方は、磯部朝彦(1996)による。)。
新ペイメントシステムの分類と代表例を紹介する前に、注意しなければいけないこと
がある。「電子マネ−」のほとんどは消費者による小口決済向け、小口資金の支払い
手段として開発されているのだが、企業や銀行間の大口資金決済に用いられる場合と
混同されている議論もある。ここでは、そのような混同は避けたい。
新ペイメントシステムでは、おもにICカ−ドまたはインタ−ネットを利用した支払い
システムになっている。
ICカ−ドを利用したものは現金を代替しており、代表的なものとしてモンデック
ス・インタ−ナショナル社の「モンデックス」がある。モンデックスは、インタ−ネッ
トでの利用も検討中であるということである。他には、ビザ・インタ−ナショナル
社の「ビザ・キャッシュ」などがある。
インタ−ネットを利用し、現金を代替する、代表的なものとしてはオランダの
デジキャッシュ社の「e-キャッシュ」やサイバ−キャッシュ社の「サイバ−コイン」
がある。「サイバ−コイン」は既存の銀行システムの中のみで利用できるもので、
「e-キャッシュ」は既存の銀行システムの外でも流通するものである。
インタ−ネットを利用し、小切手を代替するものとしては、チェックフリ−社の
「チェックフリ−・ペイメント・サ−ビシズ」とFSTCの「エレクトロニック・チェッ
ク」がある。これらは、小切手の処理だけでなく発行をも電子的に行うシステムを
持っている。
インタ−ネットを利用し、クレジットカ−ドの機能を代替するものとしては、サイ
バ−キャッシュ社の「クレジット・カ−ド・サ−ビス」やファ−スト・バ−チャル・
ホ−ルディングズ社の「インタ−ネット・ペイメント・システム」がある。これら
のシステムでは、消費者が小売店にクレジットカ−ド番号を通知する際に、盗用な
どを防ぐセキュリティの高いサ−ビスが提供されている。なお、これらのクレジット
応用型電子決済については、本論文の第2部で詳しく論じる。
インタ−ネットを利用した口座振替サ−ビスを提供するものとしては、インテュ
イット社の「クイッケン」やマイクロソフト社の「マネ−」やメカ・ソフトウエア社
の「マネ−ジング・ユア・マネ−」やカ−ディナル銀行の「セキュリティ−・ファ−
スト・ネットワ−ク・バンク」がある。アメリカでは、公共料金などの支払いに関
し、日本のように自動引き落しが利用されることがほとんどなく、生活者は各料金の
支払いに対して小切手を発行するのが通例であった。また、日本では給与所得者の
大半は源泉徴収により所得税を支払うが、アメリカでは給与所得者も確定申告を行
わなければならないことなどが背景となって、「クイッケン」はアメリカ中に約9
00万人のユ−ザ−を持っている。
このように、新ペイメントシステムは既存の現金,クレジットカ−ド,小切手と
いったような支払い方法をICカ−ドやインタ−ネットを利用して電子的な決済手段
を提供している。
こうした新しい決済手段は、既存のシステムと異なっており、人々の期待と不安
が入り交じっているのが現実ではないだろうか。多種多様な新しいシステムが提案
されており、全体を取りまとめるような枠組みや秩序が見えにくい。ごく最近、
国際決済銀行
が、電子マネ−の普及が中央銀行の通貨政策に与える影響についてまとめたレポ−
ト(国際決済銀行(スイス・バ−ゼル)が1996年10月に発表した「
Implication for Central Banks of the Development of Electronic Money」(邦
題「電子マネ−の発展が中央銀行にもたらすインプリケ−ション」、日本銀行の仮
訳による。)。)「Implication for Central Banks of the Development of Elec
tronic Money」では、興味深い指摘がいくつかなされている。
電子マネ−がマネ−ロンダリング(money laundering:犯罪行為から得た
収入の所有権や出所を隠匿したり偽ったりし、合法的に得た資産との区別を困難に
するような方法で、当該収入を合法的な金融システムに紛れ込ませようとする試み。
現金収入を預金にしてしまうことが多い。)に悪用される危険性があるなどといった
分析をしている。電子マネ−が銀行預金に代替(銀行預金は準備預金の対象である)
するか、決済残高に対する銀行の需要が大幅に低下するようになれば、電子マネ−
が金融政策遂行に影響を及ぼすようになるとしている。極めて大規模な代替が起こ
ると、中央銀行が金融市場金利を設定するため用いられるオペ手続きが複雑化する
と考えられるとされている。ただ、大方の場合、電子マネ−は預金よりも現金を
代替すると予想されるため、オペ技術の大幅な調整が必要となる可能性はあるにし
ても極めて低いと考えられている。そして結論として、電子マネ−・スキ−ムの
進展を注意深く見守り、競争とイノベ−ションを尊重しつつ、必要に応じて適切な
措置を採ることが必要であると述べている。
このことからみても、新ペイメントシステムの発展については、各国の中央銀
行とも、競争を阻害するような不用意な規制は課さない姿勢であるように思われる。