銀行における情報システムのアウトソーシング
山本(島元)洋輔 慶應義塾大学総合政策学部4年
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【キーワード】 銀行、情報システム、アウトソーシング、組織の経済学、取引費用、経営戦略論
目次
1 はじめに
2 情報システムのアウトソーシング:概念整理と先行研究の展望
2.1 アウトソーシングの概念
2.2 アウトソーシングの効果と問題点
2.2.1 アウトソーシングの効果
2.2.2 アウトソーシングの問題点
2.3 理論研究の展望
2.3.1 組織の経済学
2.3.2 経営戦略論
2.3.3 まとめ
2.4 事例研究の展望:海外のケース
2.4.1 アウトソーシングの成功要因・失敗要因
2.4.2 アウトソーシングの決定要因
2.4.3 まとめ
3 銀行における情報システムのアウトソーシング:邦銀の事例研究
3.1 アウトソーシングが注目される背景
3.2 銀行における情報システムの種類と機能
3.3 アウトソーシングの現状
3.3.1 事例の紹介
3.3.2 事例の検討
3.4 アウトソーシングに向けた銀行の対応
3.4.1 情報システム部門の組織体制
3.4.2 情報システムのアーキテクチャ
3.5 アウトソーシングに関する銀行監督のあり方
4 結論
参考文献
このような形態のアウトソーシングが行われるようになってきた理由は、情報技術の革新、規制緩和による競争の激化、不良債権処理問題による収益の圧迫という経営環境に対応して、情報関連費用の削減、情報システム要員の確保、ベンダー側の専門スキルの活用などの効果を期待しているためだと考えられる。しかし、アウトソーシングをする際には、プラスの効果だけではなく、マイナスの効果をも認識しておく必要がある。マイナスの効果とは、 情報関連費用が逆に増大してしまうこと、情報システムが経営上のニーズに迅速に対応できなくなること、情報技術のノウハウが流出してしまうことなどである。
とはいっても、日本でこのようなアウトソーシングが行われるようになったのは、最近のことであり、その効果や問題点を事前に判断した上で意思決定を行うことは難しい。一方、欧米ではすでに1980年代の後半あたりからこのようなアウトソーシングが行われており、これに関する理論研究や事例研究も数多く行われてきた。本稿の目的は、(1)これらの組織の経済学や経営戦略論に基づくアウトソーシングの理論研究、そして事例研究を整理し、アウトソーシングをする業務を決める際に検討しておくべき点、契約をする際の留意点を明らかにすること、(2)現在日本で実際に行われている事例を理論的に検討し、その問題点や改善点を指摘すること、(3)アウトソーシングを活用するための銀行の対応策として、情報システム部門の組織体制と情報システムのアーキテクチャの改革を提案すること、である。
本稿の以下の構成は、次のとおりである。続く第2節では、議論の範囲を銀行に限定せず、アウトソーシングを検討する際に必要な概念の整理、アウトソーシングに期待される効果と問題点の整理、理論研究と事例研究のサーベイを行う。第3節では、日本の銀行を対象とし、はじめに、情報システムのアウトソーシングが注目されるにいたった背景、銀行における情報システムの種類と機能を整理する。次に、日本でのアウトソーシングの最近の事例を紹介し、第2節で論じた観点から検討する。そこでは、問題点や改善点を指摘すると同時にアウトソーシングに向けた銀行の対応策を述べる。
2 情報システムのアウトソーシング:概念整理と先行研究の展望
本節では、議論の範囲を銀行に限定せず、情報システムのアウトソーシング全般に共通して適用可能な概念や理論をまとめる。本節の構成は以下のとおりである。2.1節でアウトソーシングを検討する際に必要な概念の整理、2.2節でアウトソーシングに期待される効果と問題点の整理、2.3節と2.4節でそのような効果や問題点が起こる理由や条件を明らかにする理論研究と事例研究のサーベイを行う。
2.1 アウトソーシングの概念
本節では、次節以降での情報システムのアウトソーシングを議論する際に必要になる用語の概念を整理しておく。初めにいくつかの基本的な用語の定義をまとめておきたい。
情報システムとは、特定の業務を遂行するために必要な情報を処理することによって、業務の遂行をサポートするシステム(まとまって機能する組織)のことを指す。物理的には、コンピュータのソフトウェアとハードウェア、及びネットワークの組み合わせによって構成される[2]。
アウトソーシングという用語には、一般的に認知されている厳密な定義は存在しないが、広義のアウトソーシングとは、「情報システムの機能の一部または全部を選択的に外部のベンダーに委託すること」を意味する[3]。本稿では、単にアウトソーシングと呼ぶときは、この意味で用いることにする。また、アウトソーシングを行う主体をクライアントと呼び、アウトソーシングされた業務を提供する主体をアウトソーシングベンダー(または単にベンダー)と呼ぶ。
狭義のアウトソーシングは、様々な定義が可能であるが、それを行うためには、情報システムのアウトソーシングの対象を分類するときに取られる以下の3つの分類方法を理解しておく必要がある。第1は、ユーザー側の業務の観点から分類するもの。第2は、情報システム要員の業務の観点から分類するもの。第3は、情報システムの物理的な構成要素から分類するものである。この分類方法の理解は、以下の議論においても重要な役割を果たすのでここで整理しておく。
(1)ユーザーの業務の観点からの分類
情報システムをユーザーの業務の観点から分類するというのは、個々の情報システムが果たしている業務上の機能をもとに、分類するものである。銀行の場合は、勘定系、資金証券系、国際系、情報系などに分類することができる[4]。もっと細かく、預金システム、内国為替システム、営業支援情報システム、信用リスク分析システムなどに分類することもできる。この分類に基づけば、例えば、勘定系のシステムはアウトソーシングするが、情報系のシステムはアウトソーシングしないといった議論が可能になる。
(2)情報システム要員の業務(または、システムのライフサイクル)の観点からの分類
情報システム要員とは、社内の情報システム部門もしくはベンダーに所属する人員のことをいう。情報システム要員の業務は、個別のシステムごとに、図1のようなシステムのライフサイクルに基づいて分類することができる。このため、この分類方法は、システムのライフサイクルの観点から分類するものといってもよい。
情報システム関連の業務には、図1のようなライフサイクルがある。情報戦略の立案の段階では、ビジネス上のニーズに基づいて構築すべき情報システムを明らかにする。要件定義の段階では、情報システムが提供すべき情報などの要件を明らかにする。設計の段階では、その要件に基づいて採用するハードウェアや、プログラミング言語などを明らかにする。開発の段階では、その設計に基づいて実際に開発を行う。運用の段階では、開発された情報システムが実際に業務で運用されるのを管理する。保守の段階では、業務を遂行していく上で必要となった変更や機能の追加などを行う。この分類に基づけば、例えば、運用・保守の業務は、アウトソーシングするが、他の業務は引き続き自社で行うといった議論が可能になる。
図1 システムのライフサイクル
この分類方法を用いることによって、狭義のアウトソーシングを定義することができる。先に定義した広義のアウトソーシングは、これまで通常行われてきた、システム・インテグレーションや、人材派遣、コンサルティングといった概念も含んでしまう。
これらの用語の概念は、図2を使って定義することができる。ここで、機能提供における管理責任の所在というのは、対象業務を遂行する際の管理責任が、クライアント側にあるのかベンダー側にあるかということである。管理責任がクライアント側にある場合は、ベンダー側の人員の派遣を受け入れてクライアント側がサービスを提供していることになり、アウトソーシングと呼ぶ時にこの場合は含まれないのが普通である[5]。
このマトリックスの要素を用いて用語の概念を定義すると、機能提供のおける管理責任の所在が、ユーザー企業にある場合は、「人材派遣」とよんでいる。管理責任の所在があるかどうかにかかわらず、情報戦略の立案の機能を外部に委託することを「コンサルティング」とよんでいる。設計・開発の機能をアウトソーシングベンダーの管理責任のもとで行うことを「システム・インテグレーション」と呼んでいる[6]。
図2 最近のアウトソーシングの特徴
これらの形態を持った業務委託は、通常行われてきた形態であり、アウトソーシングという用語が、これらの概念を含んでしまうと、1990年代に入ってから行われるようになってきた新しい業務委託の形態を表現することができなくなる。近年のマスコミの報道などでアウトソーシングという言葉を使う場合は、アウトソーシングベンダーの管理責任のもとで、運用・保守の業務を含んで委託する場合(図2の影のかかった部分。設計・開発も含まれる場合のみをアウトソーシングと呼ぶ定義の仕方もある。いずれの場合も狭義のアウトソーシングということができるが、統一された定義は存在しない。)を指すことが多いようである。また、これが最近のアウトソーシングの特徴である。
(3)情報システムの物理的な構成要素からの分類
これは、情報システムの物理的な構成要素である、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどに分類するものである。場合によっては、データや、情報システムを扱うユーザーや、その開発を行う情報システム要員も構成要素として含む場合もある。この分類に基づけば、ソフトウェアのみをアウトソーシングするといった、議論が可能になる。
以上では、情報システムのアウトソーシングの対象を分類するときに取られる3つの分類方法を説明した。実際のアウトソーシングは、これらの3つの分類の組み合わせとして記述することができる。例えば、ネットワークの運用・保守のみをアウトソーシングするといった場合や、銀行において勘定系情報システムの運用・保守のみをアウトソーシングするといった場合、信用リスク管理のソフトウェアの開発のみをアウトソーシングするといった場合をあげることができる。
2.2 アウトソーシングの効果と問題点
2.2.1 アウトソーシングの効果
アウトソーシングに期待される効果は、戦略的な効果と経済的な効果に分けることができる。以下では、それぞれを項目別にまとめておく。
(1)戦略的な効果
情報システム要員の確保
情報システム関連の増大する業務量に対して、これに対応する情報システム部門の人員が不足している。アウトソーシングは、この不足する人材を確保する手段として用いることができる。また、人員数という量的な面だけではなく、急速に発展する情報技術をキャッチアップできるようなスキルというような質的な面でも、人員が不足している。アウトソーシングは、ベンダーの専門スキルを利用することによって、新技術への対応を迅速行うことを目的としても行われている。
本来業務への経営資源の集中
国際競争の激化によって市場圧力が強まっていることや、株主重視の経営の必要性が叫ばれROEが重視されはじめていることによって、企業は自社の保有するあらゆる業務について、費用対効果を考える必要に迫られている。このような中で、自社の本業ではない情報システム関連の業務を外部に委託し、他社に対して優位性を持つ分野へ人員を振り向けようとしている。このようなコアコンピタンス重視経営の結果として、情報システム関連の業務がアウトソーシングされている。
新事業への迅速な進出
現在企業は、インターネット関連を中心に新事業を迅速に立ち上げる必要に迫られている。このような新事業を立ち上げるためには、必要な経営資源を迅速に確保する必要がある。例えば、新事業に必要な情報システムの開発を一から行おうとすれば、相当の時間が必要になる。また、先に述べた情報システム要員の確保とも関係するが、新しい情報システムを管理・運用していくノウハウが自社にない場合、内部の人員にそのための教育をしていくのには時間がかかる。こういった、経営資源の調達に際して必要な時間を短縮することを目的としてアウトソーシングが用いられることがある。
(2)経済的な効果
コストの削減
現在企業は、情報関連投資の増大に悩まされている。ベンダーの規模の経済や、効率的に業務を行うノウハウを利用することによって、このような情報システムに関する費用を削減することを期待して、アウトソーシングが行われている。また、ベンダーの人員が複数のクライアントを同時に担当しているケースが多いという性質を利用して、自社で保有している限り恒常的に発生する情報システムの費用を固定費から変動費に換えることも期待されている。
2.2.2 アウトソーシングの問題点
アウトソーシングに伴って発生する問題点も、戦略的な効果と経済的な効果に分けることができる。以下では、それぞれを項目別にまとめておく。
(1)戦略的な問題点
経営と情報システムの乖離
現在、情報システムは、企業が業務を実施していくで戦略的にも重要な意味を持っている。情報システム要員には、経営環境の変化にあわせて迅速に対応し、本当に自社のビジネスに役に立つ情報システムを構築することが求められている。しかし、情報システムの変更をベンダーに依頼し実行してもらうまでには調整に時間がかかり、一般に社内の情報システム部門よりも融通が利きにくい。その結果として、情報システムが経営上のニーズに迅速に対応できなくなる可能性がある。
情報技術に関するノウハウの流出
現在、新規事業の展開などの経営戦略を立案するためには、情報技術への理解が必要となっている。情報技術の可能性や限界について理解していなければ、ビジネスチャンスを見逃してしまうかもしれないし、戦略上大きな過ちを犯してしまう可能性もある。また、仮にアウトソーシングするにしても、ベンダー側の業務の規定や、成果の測定・評価を行っていくためには、やはり情報技術に習熟した人員が必要となる。過度なベンダーへの依存は、自社の競争上の優位性を失わせる可能性がある。
情報の漏洩
ベンダーへ自社の業務を委託するとベンダーはクライアントの機密情報を扱うことになる。情報システムによっては、顧客情報などの機密性の高い情報が記録されている場合もある。これらの情報が流出した場合、会社の評判上、非常に大きなダメージを受ける可能性があるし、場合によっては、法的な処罰の対象になるかもしれない。
(2)経済的な問題点
コストが逆に高くなる
情報システム関連の業務によっては、クライアント側のほうが、低い費用でサービスを提供できる可能性もある。その理由としては、ベンダー側に相対的な規模の経済がない、ベンダーがその業務に関してノウハウを持っていない、契約や交渉など両者の調整に伴う費用が大きくなる、ベンダー側の業務についての監視や評価に要する費用が大きくなるなどといったことが考えられる。
2.3 理論研究の展望
2.3.1 組織の経済学[7]
アウトソーシングをするということは、これまで組織の内部で調達してきた業務を、市場取引を通して調達することに他ならない。そのため、市場調達のメリットとデメリットを考えるときに用いられる組織の経済学の理論が、アウトソーシングを検討する際にも活用できる。
市場取引は、一般に、生産費用(その業務の遂行自体に要する費用)は節約できる可能性があるけれど、取引費用が余分にかかるため、最終的な費用の削減効果は、生産費用の削減分から取引費用の増加分をひいたものとして表すことができる(図3)[8]。以下では、生産費用に影響を与える要因と、取引費用に影響を与える要因についてまとめる。
図3 取引費用を考慮した場合の総費用の削減効果
(1)生産費用
生産費用とは、サービスという財の生産者が、業務の提供するのに必要な費用である。クライアントがベンダーに情報システムをアウトソーシングに移転したときに、生産費用の削減が可能になるのは、規模の経済を利用できることと、ベンダー側のノウハウを活用することにより効率的に業務を遂行することが可能になるためである。
規模の経済
規模の経済とは、財の生産量を増加させたときに平均費用が低下することをいう。アウトソーシングによって規模の経済を享受するための条件は、情報システムが規模の経済を発揮できる性質を持っており、かつ、当該業務をベンダーがクライアントと比較して相対的に大きな規模で行うことができるというものである。
情報システムが規模の経済を発揮できる性質を持っているというのは、そのシステム自体が情報の処理量をふやしていったときに、単位あたりの費用が下がる性質を持っているかどうかというものである。定型的な業務の処理は、クライアントが個別に処理するよりも複数のクライアントでまとめて処理したほうが少ない費用で済ませることができる。その逆に、差別化された業務の処理は、同時に複数の処理を行える部分が小さいので、規模の経済は働きにくい。
仮にシステム自体が規模の経済を発揮できる性質を持っていたとしても、当該業務をベンダーがクライアントと比較して相対的に大きな規模で行うことができなければ、規模の経済は生じない。ベンダーが他のクライアントから同時に処理できる業務を請け負っているか、もしくは、複数のクライアントでの人員の共用などを行っている必要がある。
業務遂行の効率性(ベンダーの相対的に高い生産性)
ベンダーがクライアントと比較して、相対的に効率的に業務を遂行できるノウハウを持っている場合には、生産費用が削減できる可能性がある。しかし、ベンダーがそのノウハウを十分に活用して業務を行わせるため、また、効率化によって削減された費用を全てのベンダーの利益にすることを防ぐためには、ベンダーの監視や成果の評価など、また別の費用が必要となる。それは、次に取り上げる取引費用の一つである。
以上で見たように、生産費用の削減効果は、規模の経済と業務遂行の効率性の二つの要因によって決まる。Lacity et al.(1996)では、図4のようなフレームワークによって、アウトソーシングの実行を検討することを提案している[9]。
図4 生産費用に基づくアウトソーシングの判断基準
(出所)Lacity et al.(1996)
この図で、縦軸はベンダーのクライアントと比較した相対的な業務遂行の効率性であり、横軸は規模の経済である。この場合は、この二つの要因の組み合わせによって4つのケースが考えられる。規模の経済と業務遂行の効率性がどちらも高い場合は、アウトソーシングが良い(右上)。規模の経済が高いが、業務遂行の効率性が低い場合は、規模の経済の効果が業務遂行の効率性の低下によって打ち消されてしまう可能性があるので注意が必要だという(右下)。規模の経済が低いが、業務遂行の効率性が高い場合には、社内のシステム部門の業務効率を改善させる工夫をすることによって解決可能な場合があるという(左上)。規模の経済も業務遂行の効率性も低い場合には、社内で調達したほうが良いという(左下)。
(2)取引費用
取引費用は、組織間の取引に伴う費用であり、契約書の作成や交渉などの組織間の調整に伴う費用や、ベンダー側の機会主義によって発生するコスト、それを避けるために必要なモニタリングコストなどが含まれる。
機会主義とは、人々が自己の利益を追求するべく戦略的な行動を取ることを意味する。ベンダーは、(1)情報システムの不確実性、複雑性、資産の特殊性、組織間の情報の非対称性の性質が強いほど、そして、(2)ベンダー市場における競争度合、組織間の目標の一致度合、クライアントの技術の習熟度の性質が弱いほど、機会主義的な行動を取りやすいと考えられる。また、組織間の取引に伴うその他の費用も増大すると考えられる。以下では、これらの取引費用に影響を与えると考えられる要因についてまとめる。
不確実性
不確実性は、将来起こりうることが予測できない度合いをあらわす。ここでいう不確実性には、クライアントの業務プロセスや、経営環境、技術の不確実性が含まれる。不確実性を伴う業務の場合以下のような理由により取引費用が生じると考えられる。第一に、状況に応じた契約を定めることは、非常に困難か非常に高い費用が必要となる。そのため、契約よる市場取引よりも組織内の取引を選択する。第二に、一定の基準を持ってベンダーの業務の成果を測定することが困難となり、ベンダーの機会主義的行動を引き起こす可能性がある。第三に、ベンダーが情報システムの要件や、業務の必要量が変化に対応するのには時間がかかるかもしれない。もしくは、不必要になったシステムに縛り付けられるかもしれない。
複雑性
ここでいう複雑性とは、情報システムが他のシステムと複雑に絡んでいる場合、複雑な業務プロセスをサポートしている場合、技術の複雑性が高い場合をいう。情報システムが他のシステムと複雑に関係している場合は、そのシステムをアウトソーシングすると、ベンダーの業務の評価が困難になると同時に、自社内にあるシステムの変更がベンダーの協力なしにはできなくなる可能性がある。情報システムが複雑な業務プロセスをサポートしている場合や技術の複雑性が高い場合は、ベンダー側に委託する業務を明確に規定することができなくなり、その業務の評価も困難になると考えられる。
資産の特殊性
資産が特殊であるとは、その資産がある特定の環境のもとでのみ十分な効果を発揮することをいう。ここでいう資産の特殊性は、情報システムがサポートするクライアントの業務の特殊性と、ベンダーが適用する技術の特殊性である。クライアントの委託する業務が特殊であると、ベンダーがその業務に慣れるまでには時間がかかるので、クライアント側は、初期投資費用の直接的な負担や、長期間の契約を通した間接的な負担を要求される。また、ベンダーが適用する技術の特殊性が高いと、その情報システムを他のベンダーに移転することは難しくなる。資産が特殊であるとき、その取引相手を変えようとすれば、新しい環境に特殊な資産を新たにもつ必要が出てくるため費用がかかる。こうした費用をスイッチングコストと呼ぶ。アウトソーシングされる情報システムが特殊なものであれば、スイッチングコストが高く他のベンダーに切り替えることが困難になる。
情報の非対称性
ベンダーは、自らの努力水準に対して、クライアントよりもより多くの情報をもっている事が多い。クライアントは、この情報を得るためにコストを負担しなければならない。また、ベンダーは、採用する技術に関してクライアントよりも多くの情報をもっている。特に、その業務に用いる技術の進歩が早い時には、クライアント側がその技術の可能性や限界を知ることが難しく、情報の非対称性が大きくなると考えられる。このようなベンダーとクライアントの間の情報の非対称性はベンダーが機会主義的行動を取ることを可能にする。
ベンダー市場における競争
ベンダー市場における競争が激しければ、他社に乗り換えられることを恐れるベンダーの機会主義的行動を抑制することができる。また、競争の圧力は、ベンダーに業務の効率化を促すと考えられる。ただし、ベンダーのサービス水準や価格水準についての情報が入手しにくい場合、すでに特定のベンダーにロックインしている場合などは、市場圧力によってベンダーの機会主義的行動を抑制することはできないかもしれない。
目標の一致
通常のアウトソーシング契約では、ベンダーが利益を得るという目標と、クライアントが費用を削減するという目標が、相反することがある。例えば、ベンダーはクライアントを自社にロックインさせようとして、クライアントの情報システムを自社に特殊な技術を使って開発しようとするかもしれない。契約によって、クライアントの業務上の成果に応じてベンダーへの支払いを変化させることなどを通して、共通の目標を追求できるようにすれば、このような利益の相反を避けることができる。
限定された合理性(クライアントの技術の習熟度)
限定された合理性とは、需要・生産技術・費用などの情報収集・処理や計算の能力には限りがあるために、不完全にしか合理的に行動し得ないことをいう。アウトソーシングの文脈においては、ベンダーに情報システムを委託したときの結果を不完全にしか把握し得ないことを言う。限定された合理性は、クライアント側の技術の習熟度に依存している。ベンダーの採用する技術について知識が少なければ、クライアントはベンダーに委託する業務の要件の規定、業務の成果の測定や評価を不完全にしか行うことができない。また、ベンダーの機会主義的行動を抑制することができない。例えば、ベンダーはクライアントが必要な性能を上回る高価なシステムを売りつけようとするかもしれない。
2.3.2 経営戦略論
本節では、アウトソーシングを検討する際に参考になると考えられる経営戦略論の考え方を、二つ紹介しておきたい。第一は、市場構造と競争要因に関する理論であり、第二は、経営資源に基づく企業の見方である。このうち前者は、クライアントの外部環境や、ベンダーとの関係という外的な要因に目を向けるものである。後者は、経営資源という内的な要因に目を向けるものである。
(1)市場構造と競争要因[10]
Porter(1980)は、企業の戦略策定は、自社を取り巻く市場構造を十分に理解することから始める必要があるとし、図5で示される5つの競争要因を把握することによって、市場構造を理解することを提案した。この図の中心は、業界内企業間の競争関係を示す。上方からの矢印は、新規参入の脅威を示す。下方からの矢印は、代替製品・サービスの脅威を示す。右側からの矢印は、買い手の交渉力を示す。左側からの矢印は、売り手の交渉力を示す。
図5 5つの競争要因
(出所)Porter(1980)の日本語版
アウトソーシングの文脈でこの理論を適用するとき重要なのは、ベンダー市場における競争状況(図の真中)、売り手としてのベンダーの交渉力(左からの矢印)、買い手としてのクライアントの交渉力(右からの矢印)である。
ベンダー市場における競争状況
ベンダー市場における競争が激しくなり、ベンダーへの市場圧力が強まれば、その市場で勝ち残るために、他の企業よりも効率的に業務を行おうとする誘因が働く。また、クライアントにとっては、ベンダーを選択する際の選択肢が増えることによって、交渉力を増し、より良い条件を得ることが可能になる。この際に注意しておく必要があるのは、事前的な選択肢の数と事後的な選択肢の数の違いである。始めにアウトソーシングを決定する段階では、多くの選択肢があるとしても、クライアントがベンダーに特有の資産に投資をした後では、選択肢が狭められている可能性があるのである。クライアントは、常に事後的な選択肢を豊富に持つことを意識しておかなければならない。
ベンダーの交渉力
ベンダーがクライアントに特殊な資産に投資した場合(例えば、クライアントの業務知識についてのベンダー要員に対する人的投資など)は、ベンダー側のスイッチングコストが大きくなりベンダー側の交渉力が弱まるだろう。その反面、ベンダー側はこの埋め合わせとして、投資費用を回収できるだけの十分な期間の契約を要求していくるかもしれない。また、その投資にかかる費用の負担をクライアントに要求してくるかもしれない。
クライアントの交渉力
クライアント側のスイッチングコストが低い場合、代替手段が豊富にある場合、クライアントが、アウトソーシングする技術に関して豊富な知識をもっている場合には、クライアントの交渉力が強まる。また、クライアントの提示する案件の規模がベンダーにとって大きいものであったり、クライアントが当該市場において重要な位置を占めていて、クライアントにたいしてサービスを提供していることが宣伝効果をもつ場合には、クライアントの交渉力が強まる。クライアントは、アウトソーシングする案件が、ベンダーの戦略上自社がどの程度の重要性を持っているのかといったことを常に認識しておく必要がある。
(2)経営資源に基づく企業の見方
企業を経営資源の集合体として捉えるべきことを協調したのはPenrose(1959)であった。Penrose(1959)が指摘したように、企業は有形と無形の資源の集合体といえる。そして、企業の提供する製品やサービス、その成長の方向は、経営資源に依存して決まってくると考えることができる。
Penrose(1959)の洞察を経営戦略という観点から展開したBarney(1991)によれば、企業の資源は、物理的資本となる資源(物理的な技術、工場や設備、地理的立地条件、原材料へのアクセス)、人的資本となる資源(トレーニング、経験、判断、知性、関係など)、組織的資本となる資源(形式化したシステムや組織構造、グループ間の非公式的な関係)に分類することができる。これらの資源の中で特に自社の強みとなるものを最大限に活用すると同時に、強化することが経営戦略上の課題となる[11]。特定の経営資源が、自社の強みとなるものである条件として、Barney(1991)は、貴重であること、稀少であること、模倣できないこと、代替が存在しないことをあげている。そして、企業の業務構造は、この自社の強みとなる経営資源を最大限に活用できるように決定される。
Barney(1991)による自社の強みとなる資源の捉え方は、現在一般にコア・コンピタンスと呼ばれているものであるといってよいだろう。コア・コンピタンスという概念を始めに提示したのは、Prahalad and Hamel(1990)である。そこでは、コア・コンピタンスとは、企業の無数の製品ラインの基底にある、個々の技術と生産スキルの組み合わせと定義されていた。現在ではコア・コンピタンスという言葉はより広い意味で用いられており、企業の持続的な競争優位の源泉であり、他の企業によって模倣・複製・代替されにくい企業特有の資源や能力を意味する[12]。
経営戦略上は、企業の資源をコア・コンピタンスに集中させると同時に、コア・コンピタンスではないが、業務遂行上必要となる分野については、必要に応じてアウトソーシングを活用するという戦略をとることが、企業の経営資源を最も有効に活用することになるのである。つまり、コア・コンピタンスへの集中とアウトソーシングの活用というのは経営戦略の車の両輪であるといえる[13]。
以下では、このコア・コンピタンスの概念をもとに情報システムのアウトソーシングを考えるフレームワークを提示する(図6)[14]。ここでは、意思決定を4つの段階に分類している。第一の段階は、経営資源の組み合わせを決定する段階であり、自社のコア・コンピタンスを認識すると同時に、その他に必要な経営資源を決める。第二の段階は、コア・コンピタンスに基づいて、業務構造を決定する。他社と差別化することのできるコア業務と、そのコア業務を提供していく上で、付随して提供することが必要な業務を決定する。例えば、銀行の場合で言えば、顧客へのマーケティングが、他社と優れているコア業務であり、その他の業務では顧客との差別化がはかれないとしても、顧客のニーズに包括的にこたえていくためには、決済サービスや、営業店事務といった業務を提供する必要がある。このような業務をその他の業務と呼んでいる。このような業務を付随して提供することにより、コア・コンピタンスを更に有効に活用することができるのである[15]。第三の段階は、その他の業務のうち、自社で提供すべきものと、外部に委託するものを決定する。この段階での外部委託は、業務のアウトソーシングということになる。銀行の場合で言えば、国際業務や、対市場決済業務、営業店の後方事務処理業務などは、他の銀行に委託することが行われている[16]。第四の段階は、情報システム業務の提供主体を決定する。このうち、コア業務をサポートする情報システム業務は、自社で提供する。次に、その他の業務のうち、自社で提供すべきことを決めた業務をサポートする情報システム業務は、自社で提供すべきか外部に委託すべきかを検討する必要がある。第三と第四の段階でアウトソーシングをするかどうかを決定をするのには、これまでに述べてきた、市場と組織の理論や市場構造と競争要因の理論のフレームワークが活用できる。
図6 コア・コンピタンスによる情報システムのアウトソーシングの捉え方
最後に、コア・コンピタンスに基づいてアウトソーシングを決定する際に参考となるフレームワークを紹介しておく。Lacity et al.(1996)では、図7のようなフレームワークによって、アウトソーシングの実行を検討することを提案している[17]。
図7 コアコンピタンスによるアウトソーシングの判断基準
(出所)Lacity et al.(1996)
縦軸は、ベンダーへの委託を検討している情報システムの業務の遂行上の重要度であり、横軸は、業務の遂行上の重要度を示している。業務の遂行上の重要度とは、検討している情報システムが停止するなどの問題が生じたときに、企業の業務全体の遂行にどれほど大きな影響を与えるかという度合いである。この場合は、この二つの要因の組み合わせによって4つのケースが考えられる。
業務の遂行上の重要度と業務の差別化への貢献がどちらも高い場合は、アウトソーシングは向かない(右上)。業務の遂行上の重要度が高いが、業務の差別化への貢献度合いが低い場合は、そのベンダーが業務に支障をきたすようなトラブルを起こさないような信頼できるベンダーであるかどうかを慎重に検討したうえでアウトソーシングを検討する(左上)。業務の遂行上の重要度が低いが、業務の差別化への貢献度合いが高いものは、企業の目指す方向に合致しないで発達したシステムなので、標準化されたパッケージ製品などで置き換えるべきである(右下)。業務の遂行上の重要度も業務の差別化への貢献度も低い場合には、アウトソーシングに適している(左下)。
2.3.3 まとめ
これまでに取り上げてきたアウトソーシングの成功や失敗に影響を与えると考えられる性質を表1にまとめた。表の左端は、情報システム自体の持つ性質である。真中は、クライアントのもつ性質である。右端は、ベンダーの持つ性質である。
表1 アウトソーシングに影響を与える性質
(注)+は、その性質が強いほどアウトソーシングが望ましいことを示し、−はアウトソーシングに向かないことを示す。個々の性質については、2.3.1節、2.3.2節を参照。
この表は、アウトソーシングの検討に際して、二つの段階で利用することができる。第一の段階は、検討の対象となる情報システムが、アウトソーシングに向いているかどうかを判断する段階である。その情報システムが持つ、アウトソーシング向く性質と向かない性質の相対的な大きさを比較することで、意思決定の参考にすることが可能である。例えば、不確実性の高いシステムや資産の特殊性が高いシステムはアウトソーシングに向かないということがいえる。
第二の段階では、アウトソーシングの契約内容の決定や、アウトソーシングを行うための受け入れ体制を整えるために用いることができる。というのは、ここにまとめてある性質というのは、完全に外生的に与えられるものではなく、クライアントの工夫により改善できる可能性があるものだからである。具体的には以下のような方法が考えられる。第一に、規模の経済や資産の特殊性は、アウトソーシングする業務を標準化することによって改善することが可能である。第二に、クライアントの当該技術への習熟度は、それに向けた投資を続けることで改善できるものである。第三に、複雑性は、アウトソーシングする情報システムを変更するときに他の情報システムに変更を加えなくてすむように、他の情報システムとの独立性を高めることや、対象業務を明確に規定することによって改善できる。第四に、クライアントとの目標の一致は、成功報酬型の料金の支払方法を導入することによってある程度達成することができる。第五に、ベンダーの機会主義的行動を避けるのには、サービス水準の達成目標をあらかじめ規定し、それに基づいて業務の評価を行うといった契約の仕組みを整えることで対応できる[18]。
最近のアウトソーシングには、コストの削減という経済的な効果だけではなく、情報システム要員の確保や、本来業務への経営資源の集中、新事業への迅速な進出といった戦略的な効果が期待されているということを2.2節で述べた。こういった目標を達成しながら、経営と情報システムの乖離や、情報技術に関するノウハウの流出、取引費用の増大といった問題の発生をできる限り抑えるには以下のようなことに留意しておく必要がある。第一に、人材の確保や本来業務への集中といった目標は、標準化された業務をアウトソーシングし、社内の人材をより戦略的な分野へ振り向けることによって対応すべきである。第二に、新技術へのキャッチアップは、それが業務の差別化に貢献するようなものであれば、ベンダーの人材を社内に派遣してもらい、社内の人員と共同でプロジェクトにあたってもらうなどして、社内にノウハウが蓄積されるようにするべきである。第三に、新事業への進出は、電子商取引の基盤技術や、コールセンターなどの標準化がすすんでいる技術に関しては、標準的な技術を採用することによって対応する。しかし、他社との差別化が重要な部分については、社内の人材によって対応するか、ベンダーの人員と共同で対応するべきである。
しかし、以上のような方法だけでは、戦略的な目標を達成することが困難な場合も多いと考えられる。そのため、パートナーシップと呼ばれる、ベンダーとクライアントとの密接な関係を構築する方法が提案されている。パートナーシップとは、ベンダーとクライアントが長期間にわたるコミットメント、リスクやリターンを分け合う関係にあることをいう。この方法は、不確実性や複雑性の高い最新の技術を用いたシステムや顧客の業務の差別化に重要な役割を果たすシステムという本来アウトソーシングには向かないシステムを外部に委託する場合に用いられる[19]。
2.4 事例研究の展望:海外のケース
2.3節でまとめたような理論は、実際に情報システムのアウトソーシングを考える際にどのくらい有効なのだろうか。このことを確認するために、本節では、理論と事例の関係を分析した5つの事例研究(その概要は表2にまとめてある)で得られている結論をまとめておく。
表2 事例研究の概要
事例研究では、大別して2種類の視点が取られる。第一の視点は、アウトソーシングの成功・失敗を決めた要因は何かという視点であり、第二の視点は、アウトソーシングの実行を決定をさせた要因は何かという視点である。Saunders
et al.(1997)は第一の視点のみから、Aubert et al.(1995)、Ang and Straub(1998)は第二の視点のみから、Lacity
and Hirschheim(1993)、Looff(1997)は、両方の視点から分析している。本稿の目的は、アウトソーシングを有効に活用する方法を考察することであるから、第一の視点からの分析が重要であるが、第二の視点からの分析もアウトソーシングの決定の際に見落とされやすい要因を知る上で有効な情報を提供してくれる。以下では、これらの事例研究をサーベイすることにより、成功・失敗に重要な影響を与えていると考えられる要因と、決定要因を促したと考えられる要因についてまとめておく。
2.4.1 アウトソーシングの成功要因・失敗要因
Lacity and Hirschheim(1993)は、契約がアウトソーシングの目的を達成する唯一の手段であると述べている。契約書がしっかりと作成されていない企業は、後にベンダーとの間で、サービスレベルの低下や超過料金の請求についての意見の不一致などのトラブルを起こしているケースが多く、契約書が良くできている企業は最終的な満足度が高いという結果が得ている。つまり、ベンダーの機会主義的行動を抑えるためには、契約が有効な手段となるのである。具体的に、契約書に書き込むべき事項については、(1)基準となる期間に社内の情報システム部門の成果を測定し、その結果を参考としてサービス水準の評価基準を明確化する、(2)サービス水準についての報告書を定期的に作成することを求める、(3)システムの停止や応答時間などの問題が生じた場合の金銭的なペナルティーを定める、(4)ベンダー側が契約内の報酬で提供する義務を持つ業務の範囲を明確に定め、超過料金をクライアントに請求できる場合を明確にすることなどをあげている。
また、社内の情報システム部門とベンダーの相対的な効率性を比較することによって、アウトソーシングをした場合に本当に費用が削減できるのかどうかを確認する必要があると述べている。アウトソーシングを決定する際には、ベンダー側に規模の経済が存在することが仮定されている場合が多いが、そもそもその前提を疑ってみる必要があるということである。アウトソーシングを行わなくても、社内のデータセンターを統合することやベンチマーキングを行うこと、チャージバック・システム(社内のユーザー部門に、情報処理サービスにかかった分の費用をあたかも外部の企業からサービスを受けるときのように請求する方法)を採用することなどによって、大きな費用の削減が行われているケースがあることを指摘している[20]。
Looff(1997) では、アウトソーシングに影響を与える要因として、生産費用、取引費用、政治的要因、戦略的要因を網羅的に取り上げて分析をしている。その結果、アウトソーシングからクライアントが満足のいく結果を得るためには、規模の経済が確認できること、業務に対する要求を明確化できる(不確実性や複雑性が低い)こと、他の情報システムと複雑な相互依存関係に無い(複雑性が低い)こと、ベンダー市場において競合する十分な数のベンダーが存在することが、重要であるという結論を得ている。この結果は、前節でまとめた理論と整合的なものである。
Saunders et al.(1997)は、契約の完全性の度合いに対するクライアントの認識が高いほど、高い満足度を得ているという結論を得ている。契約に書き込むべき条項について具体的には、サービスに対する数値指標による明確な期待水準、期待水準を下回った場合の金銭的なペナルティーなどを取り上げている。また、自社のコア領域にかかわるアウトソーシングの方が満足度が高くなるというコア・コンピタンスの理論に反する結果が得られている。その理由としては、コア領域にかかわる業務のアウトソーシングのほうが、契約の際に慎重になり、より良い契約を結ぶことができているということをあげている。その反面、それほど重要でない業務をアウトソーシングするときには、不十分な準備で契約に臨むため、契約が十分に練られていないという問題をあげている。
2.4.2 アウトソーシングの決定要因
Lacity and Hirschheim(1993) は、アウトソーシングの決定が、経済的要因や戦略的要因だけではなく、多くの場合には政治的な要因に左右されているということを指摘している。政治的要因とは、合理的ではない個人の主観的な動機に起因する要因である。Lacity
and Hirschheim(1993)は、例として、経営者が主体となってアウトソーシングを行う場合には、複雑な情報技術を理解することに煩わされたくないので、アウトソーシングすることによってそういった状況から逃れようとすること、マスコミで報道されているアウトソーシングの成功事例を見て、自社も同じようにうまくいくはずだと考えてしまうことがあることを指摘している。また、情報システム部門のマネージャーが主体となってアウトソーシングを行う場合には、情報システムの一部をアウトソーシングすることによって、自分の部門の利益だけを考えているのではなく、社内全体の利益を考えているということを経営者に示し、経営者からの信頼を高めようとすること、情報システムのアップ・グレイドや新規の人材採用などの新しい資源を得るための手段として用いようとすることがあることを指摘している。さらにLacity
and Hirschheim(1993)は、実際のアウトソーシングは、経営者、情報システム部門のマネージャー、ユーザー部門のマネージャー、ベンダーなどの利害関係者の駆け引きで決まる場合が多いとし、意思決定の要因を分析する際にはこういった点にも注目しなければならないということを指摘している[21]。
Looff(1997)は、アウトソーシングを決定する際に、ベンダーのほうが効率的であるとあらかじめ決め付けているケースや人員削減計画のもとで行っているケースが多く、社内の情報システム部門と効率性の比較を行うなどの本格的な手続きが取られていない場合が多いことを指摘している。また、アウトソーシングの決定は、情報技術に関して、細かい知識をもたないトップマネジメントや、財務担当役員によってかなり早い段階になされている場合が多いことを指摘している。そういった、トップマネジメントや財務担当役員は、アウトソーシングを決定する基準として、主にコストの削減を重視し、柔軟性や継続性、戦略的な重要性といった基準はあまり考慮されていないという結果を得ている。
Aubert et al.(1995)は、取引費用に影響を与える変数である資産の特殊性、不確実性、複雑性といった変数とアウトソーシングの決定要因との関連を調べたものであるが、実際のアウトソーシングの意思決定は、これらの要因で説明がつくものであるとしている。具体的には、システムの運用業務は不確実性や資産の特殊性が低いためアウトソーシングされているが、システム企画・設計の業務は、不確実性や資産の特殊性が高いために社内で行われる場合が多いこと、ネットワークの導入・運用業務やデータの伝送業務は、成果の測定が容易であるためアウトソーシングされることが多いことなどを指摘している。
Ang and Straub(1998)は、米国の銀行243行によるアウトソーシングの決定要因についての分析である。この分析方法は、アウトソーシングの度合いに、取引費用、生産費用、財政的要因を表す変数を回帰するという方法を取っている。このことによって、取引費用と生産費用の相対的な影響の大きさを把握することが可能になっている。そこでは、アウトソーシングの決定は、生産費用に大きく依存しており、取引費用はあまり考慮に入れられていないという結論を得ている。こういった分析結果から、アウトソーシングの意思決定をする際に、生産費用だけではなく取引費用も考慮に入れる重要性を指摘している。
2.4.3 まとめ
成功・失敗要因の分析においては、ベンダー側が必ずしも生産費用の削減を実現できるとは限らないこと、情報システムの持つ不確実性や複雑性といった性質を弱めるために、契約書をしっかりと作成する必要があること、達成目標を具体的な数値として契約書に記すのが困難な情報システムをアウトソーシングすることにはリスクが伴うこと、などが示された。これらの結果は、基本的に2.3節でまとめたような理論の妥当性と、フレームワークの有効性を支持するものといえるだろう。
一方、Saunders et al.(1997)のコア業務をサポートする情報システムのアウトソーシングが成功しているように、表1にまとめたような性質とアウトソーシングの成功・失敗との関連が必ずしも安定的な要因とならない場合がある。その理由は、クライアントが契約内容や受け入れ体制を工夫することによって、マイナスの要因をカバーすることが可能なためと考えられる。具体的には、ベンダーとリスクとリターンを共有することによってパートナーシップ関係を構築するといった方法がある。
意思決定の要因の分析においては、アウトソーシングの意思決定が、必ずしも合理的な基準によって行われているわけではなく、意思決定の際に考慮されている変数も限定的な範囲のものであることがわかった。実際の意思決定は、2.3節でまとめたような様々な要因を考慮した上で、あくまで経済的・戦略的な基準を基に行う必要がある。また、Ang and Straub(1998)の結果は、アウトソーシングの意思決定をする際に、生産費用だけではなく取引費用も考慮に入れる重要性を指摘している点で興味深い。
3 銀行における情報システムのアウトソーシング:邦銀の事例研究
本節では、第2節でまとめた組織の経済学や経営戦略論の理論を適用することによって、邦銀による情報システムのアウトソーシングの事例を検討する。本節の構成は以下のとおりである。3.1節では、日本の銀行においてアウトソーシングが注目されるにいたった背景を、3.2節で銀行における情報システムの種類と機能を整理する。3.3節では、日本でのアウトソーシングの最近の事例を紹介し、理論的に検討する。3.4節では、アウトソーシングに向けた銀行の対応策を提案する。3.5節では、アウトソーシングに関する銀行監督のあり方について簡単に述べる。
3.1 アウトソーシングが注目される背景
1990年代の後半になってから、銀行による情報システムのアウトソーシングが頻繁に行われるようになってきたのには、以下のような銀行を取り巻く経営環境の変化が背景にあるものと考えられる[22]。
(1)情報技術の革新
近年の情報技術の進展によって、銀行における情報システムは、インターネットバンキングや電子マネーなどの新しいサービスへの対応、データベース技術を活用したマーケティングなどの新しい経営手法の実現というような、他社との競争戦略上、重要な役割を与えられるようになっている。しかし、このような情報技術をベースとした先進スキルを全方位にわたって継続的に入手するには、それなりの能力と陣容のスタッフ部門を用意する必要があるが、金融機関の規模等によってはおのずと限界がある。そのため、アウトソーシングによって、これらのニーズに対応していこうという意図があるものと考えられる。
(2)規制緩和
規制緩和により、金融機関同士の競争が激化したので、金融機関の収益が圧迫されている。投資に回せる原資が減ったことが、銀行に費用対効果の意識の高まりを促している。このような流れの中で金融機関は、自社のコア業務への集中化をすすめ、コア業務ではないと判断された情報システム関連の業務をアウトソーシングするようになってきている。
(3)不良債権処理問題
不良債権の処理のためには、営業利益の確保が必要である。そのため、経費を削減する手段としてリストラが行われている。このリストラの一環として、コア業務への集中化とアウトソーシングを進んでいる。
(4)合併との関係について
以上のような背景は、都銀、地銀にかかわらず多くの合併を引き起こしている。合併の一つの大きなメリットとして、情報システム関連のコストの削減がある。複数行が共同して行う情報システムのアウトソーシングは、合併という選択肢を取らずにスケールメリットを得ることのできる代替的な手段として期待されている。
3.2 銀行における情報システムの種類と機能
この節では、以下の議論に必要となる銀行における情報システムの種類と機能をまとめておく。ここで紹介する分類は、金融情報システムセンター(1999)に基づくものである。図8は、これらのシステムの関係を示した図である。
図8 銀行の情報システム
(出所)金融情報システムセンター(1999)。
(1)業務系
業務系システムとは、預貸金や国内外を対象とした資金・証券等に関する業務を遂行するためのシステムである。業務系システムには、勘定系システム、資金証券系システム、国際系システム、対外接続系システムが含まれる。
勘定系
預金、内国為替、融資等の業務処理機能を担っている。例えば、ATMなどの端末を通して支持された命令を処理する。
資金証券系
資金・証券業務に関する取引支援システムと後方事務処理支援システムを資金証券系システムという。取り扱う商品は、資金、為替、金利、債権、デリバティブズなどその種類、取り扱い通貨ともに多岐にわたっている。リスク管理システムなども含む。
国際系
外国為替業務とそれに伴う後方事務処理、海外拠点の事務処理と情報管理などの国際業務を支援するシステムを国際系システムという。
対外接続系システム
外部の金融ネットワークに接続されているシステムと、顧客と接続されているシステムを対外接続系システムという。
(2)情報系システム
データの加工・分析や管理資料等の提供を行うシステムを情報系システムという。そのため、前述の業務系システムで発生した取引実績に関連する諸データや、予算、経費、人事等の銀行内部の各種データ、また、銀行外からのデータなどを、共通のあるいは目的に応じたデータベースに蓄積し、管理している。
(3)事務系システム
事務系システムとは、主として、銀行における各種の事務処理を遂行するためのシステムであり、営業店システム、集中センターシステムが含まれる。
営業店システム
営業店の窓口事務や後方事務を主な対象とした情報システムである。営業店事務の効率化の一環として導入が進んでいる。
集中センターシステム
本部において、手形や為替などの一括して集中的に処理することが望ましい大量の事務を取り扱うシステムを集中センターシステムという。
銀行のシステムは、より細かく分類すると図9のように分類できる。ここでの用語の定義は、金融情報システムセンター(1999)と若干異なっている。具体的には、ALMシステムや、信用リスクシステムは、資金証券系ではなく、情報系に含まれており、外国為替の勘定処理を行うシステムは、勘定系に含まれている。
情報系のシステムといっても、その種類は様々であるため、一くくりにして考えることは適切ではない。その中には、他社との差別化上、重要な業務を提供しているものとそうでないものがある。以下で指摘するように、そうでないものは、自社で開発する必要は必ずしもなく、標準化されたパッケージを購入するなどの、資産の特殊性を回避しつつ、生産費用の削減を取る方法を取ることができる場合がある。
図9 銀行の情報システム(細分類)
(出所)野村総合研究所(2000)
3.3 アウトソーシングの現状
3.3.1 事例の紹介
日本国内の銀行によって、行内の情報システムの運用・保守といった業務を外部のベンダーにその管理責任も含めて、委託するといった形態のアウトソーシングが行われるようになったのは、1990年代の後半になってからのことである。表3には、このような形態のアウトソーシングの事例がまとめてある。アウトソーシングは、大別して、単独の銀行によって行われる場合と、複数の銀行が共同で行う場合があることがわかる。
表3 銀行におけるアウトソーシングの事例
(注1)*京都・西日本・北海道・岩手・福井・池田銀行。**武蔵野・第四・関東・山形・足利・琉球銀行。さらに、八十二・阿波・親和・宮崎銀行も参加を検討中。
(注2)主に勘定系とは、勘定系のほかに一部情報系(外国為替系、ネットバンキングなど)も含むことを指している。
(資料)日経テレコムによって、日本経済新聞、日経金融新聞、日経産業新聞を検索した結果をもとに作成。
アウトソーシング先のベンダーは、NTTデータ、日本IBM、NEC、日立製作所、富士通、日本ユニシスなど大手のベンダーが請け負うことが多いようである。これは、従来から銀行のシステムがこれらのベンダーによって作られてきたことや、規模が大きなベンダーほどスケールメリットを享受できるためだと考えられる。
アウトソーシングの委託先を見ると、ベンダーに業務を直接委託する場合と、共同出資子会社を設立した上でそこに業務を委託する場合がある。共同出資子会社を設立する理由は、ベンダー側のコミットメントを得ようという目的や、情報システム部門の人員の受け皿にしようという目的があるものと考えられる。
アウトソーシングの対象分野は、単独行の場合は、情報系と勘定系のシステムを一括してアウトソーシングするケースが多いのに対して、複数行の場合は、勘定系のみをアウトソーシングするのが一般的である。その理由は、情報系のシステムの大部分や、ユーザー・インターフェースの部分のシステムは、銀行によってかなり違いがあるので共同化しにくいためと考えられる。
対象業務では、情報戦略の企画・立案といった上流工程の業務は、引き続き社内で維持している。表に挙げた事例では、開発のみを外部に委託する場合、運用・保守のみを外部に委託する場合、開発・運用・保守を含めて外部に委託する場合があることがわかる。
表には記されていないが、勘定系のアウトソーシングの場合は、委託先のベンダーや共同出資子会社が、他の銀行に対しても同じ設備を利用してアウトソーシングサービスを提供することが多い。その理由は資源を他行と共有しなければ、スケールメリットを得ることができないためである。
3.3.2 事例の検討
本節では、銀行における情報システムのアウトソーシングを理論との関係で検討する。ここでは、2.1節でまとめた、アウトソーシングの対象を分類するときに取られる3つの分類方法に基づいてまとめる。
(1)ユーザーの業務の観点からの分類
一般に、情報系の情報システムは、規模の経済が働きにくく生産費用の削減効果があまり働かないうえ、複雑性や不確実性が高いため、取引費用が大きくアウトソーシングには向かない。それに対して、事務処理や勘定処理を行う勘定系の情報システムは標準化がすすんでいるため、複雑性や不確実性や資産の特殊性が低くアウトソーシングに望ましい性質を持っている。また、他行との差別化への貢献度合いの観点からも、情報系のシステムよりも勘定系のシステムのほうが、アウトソーシングに向いているといえる。また、情報系のシステムの中でも、特に他社との差別化戦略上、重要な役割を果たしているものについては、アウトソーシングには向かない。その反対に、標準化がすすんでいるものについては、パッケージ製品などを購入することによって対応可能な場合もある。
単独行でアウトソーシングをするケースでは、情報系と勘定型の情報システムを一括してアウトソーシングしている場合が多い。これは、長期的に見た場合に取引費用の増加や業務の差別化の困難化などの問題を起こす可能性がある。また、共同出資子会社を設立する形態では、ベンダーとの目的の共有化を図ることができるというメリットがあるものの、規模の経済を働かせるためには、可能な限り他行への開放を進めていく必要がある。
一方、複数行が共同でアウトソーシングをするケースでは、勘定系のシステムのみを共同化し、その他のシステムは引き続き社内で管理する場合が多い。これは、他社との差別化を維持しつつスケールメリットを得ることができる点で望ましい効果をもつと考えられる。勘定系の情報システムの共同化は、規模の比較的小さい銀行が、合併という選択をせずともスケールメリットを享受できる手法として今後活用がすすむことが予想される。
(2)情報システムのライフサイクルの観点からの分類
情報戦略の立案・要件定義・設計・開発という上流工程の業務は、不確実性や複雑性が高いのでアウトソーシングには向かない。これらの業務を外部に委託する際には、契約内容の工夫をすることや、パートナーシップと呼ばれる関係をベンダーとの間に構築することなどの特別な手段を講じることが必要である[23]。その反面、運用・保守といった業務は、相対的に不確実性や複雑性が低いのでアウトソーシングに向いていると考えられる。
表に取り上げた事例では、開発・運用・保守を一括してアウトソーシングしているケースが多い。このうち、勘定系の情報システムの開発は、標準化されたパッケージ製品をもとに行うケースが多いので、この業務をアウトソーシングすることには、それほど大きなリスクはない。しかし、情報系と勘定系の開発・保守・運用業務を一括してアウトソーシングことにはかなりのリスクを伴うことを認識しておく必要がある。
(3)情報システムの物理的な構成要素からの分類
メインフレームコンピュータの運用、ハードウェアの管理や、ソフトウェアのアップデートなどの定型的な業務は、アウトソーシングに向いていると考えられる。資料の制約上、この観点からの情報は十分に得ることができなかったので、表にはこの項目は掲載していない。一般的には、センターシステムの運用、周辺機器類、ホストコンピュータの基本ソフトウェア、営業店端末の保守・管理などがアウトソーシングされることが多い。また、ネットワークのアウトソーシングは、最近注目されているトピックである[24]。
3.4 アウトソーシングに向けた銀行の対応
3.4.1 情報システム部門の組織体制
銀行の情報システム戦略の課題は、アウトソーシングをすることにより費用を削減しながらも、経営戦略上のニーズに迅速に対応できる柔軟性を維持することである。このことを従来の集権型の情報システム部門の組織体制で実現していくことは難しくなってきている。そのため、欧米の金融機関では、全社的に共通な事務処理などの管理・運用を行う情報システム部門のほかに、事業部ごとにシステム開発・保守・運用部門を設けるという連邦型の組織体制をとることによって、そういった目標を実現しようという試みがなされている(図10)。
図10 米国投資銀行の連邦型モデル
(出所)アンダーセンコンサルティング(1999)
このような組織体制をとることによって、全社的に共通な事務処理などの管理・運用を行う部分は、定期的にベンチマーキング[25]を行うことを通して、徹底的な効率化を追及できることになる。そして、もし外部のベンダーのほうが効率的にサービスを提供できることが明らかならば、費用の削減などの明確な目的をもってアウトソーシングを活用すればよいのである。規模の大きな銀行は、社内の情報システム部門に対して、定期的にベンチマーキングを実施することによって効率化を図って行けば、アウトソーシングをあえてする必要は無いかもしれない。
3.4.2 情報システムのアーキテクチャ[26]
3.3.2節では、複数行が共同でアウトソーシングをするケースでは、勘定系のシステムのみを共同化し、その他のシステムは引き続き社内で管理するという方法が取られているが、この方法は、他社との差別化を維持しつつスケールメリットを得ることができる点で望ましい性質をもつということを述べた。しかし、その際に注意しなくてはならないのは、アウトソーシングした勘定系のシステムと社内に残る他の情報システムの独立性を保つことである。独立性が保たれていないと、他の情報システムを変更したときに、勘定系のシステムも変更しなければならなくなるかも知れず、費用が余計にかかってしまったり、迅速な対応ができなくなるという可能性がある。
最近では、こういったニーズに対応するために、従来の勘定系システムが中心となる2層型のシステムに替わって、端末と勘定系システムとの間にミドルサーバーを置く3層型のシステムが構築されるようになってきている(図11)[27]。
図11 2層型と3層型の情報システムのアーキテクチャ
(出所)富樫(2000)
従来の勘定系を中心に据えたシステム設計思想のもとでは、情報系システムは勘定系システムからデータを受け取る形になる。これに対して3層型のシステムでは、営業店やパソコンなどの端末で入力した取引データを、勘定系システムに送ると同時に、情報系システムにも直接送ることがきる。このことによって、社内でミドルサーバーと情報系システムを管理しながら、勘定系のシステムをアウトソーシングすることが可能になるのである。
3.5 アウトソーシングに関する銀行監督のあり方
銀行による情報システムのアウトソーシングは、顧客情報の流出、不正侵入によるデータの改ざん、ベンダーの破綻などによる業務の一時停止、問題が生じたときの責任の所在のあいまい化などのリスクを伴う。金融当局は、こういったリスクに対して、銀行が対応策をとっているかを監督していく必要がある。具体的には、銀行のベンダーに対する管理体制が整っているか、業務提供の責任の所在を明確に規定した契約書を作成しているかといったことを監督していく必要がある。
実際、外部委託に関する米国のガイドラインでは、以下のような事項が定められている。委託先要員の情報へのアクセス権限を定めること、委託先の業務内容のモニタリングや業務上のコミュニケーションを行うこと、委託先の業者とセキュリティーポリシーを共有し遵守させること、業者の経営の健全性を見極めること、業者の技術力を見極めること、コンティンジェンシー・プランを作成すること、業者の失敗に関する保険を利用すること、などである[28]。また、FRBは、必要に応じてベンダーへ直接立ち入り検査を行い、情報管理体制などのチェックを行っている。
日本では、金融庁が、金融機関への立ち入り検査や監督などの時に、アウトソーシングした部門のリスク管理体制を点検することになった[29]。また、日本銀行が、金融機関の情報管理体制に対する考査の強化のひとつとして、金融機関が委託先の情報管理の状況を十分に把握しているかをチェックすることになった[30]。金融当局においては、今後アウトソーシングが活発化していくにつれて、それに伴うリスクへの対応を銀行及びベンダーに促していく必要性が高まっていくだろう。
4 結論
情報システムのアウトソーシングの成功・不成功は、システム自体の性質、クライアントの持つ性質、ベンダーの性質と関係があることを、理論的立場から示した。これらの性質を検討することは、アウトソーシングの対象となる情報システムを選択するのに有効ではあるものの、これらの性質の中には契約内容を工夫したり、銀行側の受け入れ体制を改善したりすることでアウトソーシングに望ましい方向へ調整できるものがあることを示した。そのための契約内容の工夫とは、業務内容の明確な規定、業務の標準化、業務に対する評価基準の明確化、経営上の成果に応じた報酬の設定などである。また、銀行側の受け入れ体制の改善とは、連邦型の情報システム部門の組織体制の採用、3層型の情報システムの活用による勘定系システムの他の情報システムからの独立性の保持である。
このような契約内容の工夫をしたり、銀行側の受け入れ体制の改善を行った上で比較的規模の小さな銀行が複数行集まって、勘定系の情報システムのアウトソーシングを行うのならば、費用を削減しながらも経営戦略上のニーズに迅速に対応できる柔軟性を維持することが可能である。このような複数行による共同型のアウトソーシングは、情報化投資を抑制したい銀行にとって、合併にかわる新たな選択肢となっていくかもしれない。
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[23]アンダーセンコンサルティング(1999)『金融業のIT産業化』、東洋経済新報社。
[24]石井淳蔵・奥村昭博・加護野忠男・野中郁次郎(1996)『経営戦略論(新版)』、有斐閣。
[25]NTTデータ・NTTデータ経営研究所(2000)『ITフルアウトソーシングハンドブック』、日刊工業新聞社。
[26]菅野孝男(2000)『実務者のための情報システム外注管理(改訂新版)』、コンピュータ・エイジ社。
[27]金融情報システムセンター(1999)『金融情報システム白書(平成12年版)』。
[28]金融情報システムセンター監査安全部(2000)「金融機関等のIT業務の外部委託に伴うリスクとその対策に関する考察」、『金融情報システム』、1月号。
[29]三和銀行決済業務部・三和総合研究所銀行コンサルティング室(1999)『金融機関のアウトソーシング』、シグマベイスキャピタル。
[30]島田達巳編(1995)『アウトソーシング戦略』、日科技連。
[31]富樫直記(2000)『IT革命で銀行が甦る』、時事通信社。
[32]野村総合研究所システムコンサルティング事業本部(2000)『CIOハンドブック』、野村総合研究所。