本節では、円がターゲット対象となる国際通貨であるかを検証する。東アジア において円圏が成立するどうかを考えるには、最適通貨圏の基準とともに、円 が東アジア諸国の公的な基準通貨としてペッグの対象になるのかどうかを検討 する必要がある。
そこで、以下では東アジア通貨と主要通貨間の関係を明らかにするために、為 替レートのボラティリティー(短期的変動)を求めてみる(関(1996) による。)。為替レートのボラティリティーは、為替レートの日々の変化率の 標準偏差で表される。従って、考察の対象となる通貨間のボラティリティーが 低いほど、両通貨の連動関係が強いことを意味する。以下では、1994年におけ る東アジア通貨とヨーロッパ通貨それぞれのボラティリティーについて見てい くことにする(資料21)。
まず、円・ドル・マルクの主要三通貨に対する東アジア通貨のボラティリティー について見ると、次の二点が言える。第一に、東アジア通貨のボラティリティー は、香港・ドルの0.001を筆頭に例外なく対ドルが最も小さい。次いで、対円、 対マルクの順にボラティリティーは大きくなっている。日本円に対するボラティ リティーが最も低いのは、タイ・バーツとシンガポール・ドルの0.018である。
第二に、東アジア通貨同士のボラティリティーは対人民元を除いて全体的に低 い。しかしながら、東アジア通貨それぞれの対ドル・ボラティリティーはそれ よりもさらに低い。東アジア通貨同士で最もボラティリティーが低いのは、香 港・ドルとインドネシア・ルピアの0.002であるが、最も高いのは、フィリピ ン・ペソとマレーシア・リンギの0.019である。また、対米ドルで最も低いボ ラティリティーは香港・ドルの0.001であり、最も高いのはフィリピン・ペソ の0.015であった。
一方、ヨーロッパ通貨について見てみると、域内通貨相互間の為替レートのボ ラティリティーは、対ドルや対円のボラティリティーよりも全体的に低かった。 中でも、域内通貨のドイツ・マルクに対するボラティリティーは安定的かつ低 位であることがわかる。なかでも、オランダ・ギルダーとオーストリア・シリ ングの対マルク・ボラティリティーは0.001と、極めて低くなっている。ヨー ロッパ通貨の中で最も対円・ボラティリティーが低い通貨はオランダ・ギルダー とギリシャ・ドラクマの0.026であった。
以上の分析から考える限り、日本を除く東アジア諸国は事実上ドル圏に属し、 またヨーロッパ諸国はマルク圏に属していると言える。従って、円に連動する 通貨は皆無であり、世界に円通貨圏と言えるものは存在しないと結論できる。