企業の資金調達における転換社債の意義:

リスク・ガバナンス・インセンティブの視点からの理論的分析

 

光安 孝将

総合政策学部3年  

 

岡部光明研究会研究報告

2003 年度秋学期( 2004年2月改訂)



 

 本稿の作成にあたって、日頃より丁寧で親切なご指導をしていただく中で、力強い励ましと論文を執筆する機会を与えてくださった岡部光明総合政策学部教授に深く感謝したい。また、研究会や共同研究室での議論において有益な議論を交わすことのできた岡部研究会のメンバーにも感謝したい。 本稿はインターネット(http://www.okabem.com/paper/)においても全文アクセス及びダウンロード可能である。本稿に関するコメントや問題点等は下記までご連絡いただきたい
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概要

 

企業が資本市場で資金調達を行う場合、その方法を大別すると2つの形態がある。1つは、元本や定期的利払いを保証しないエクイティ(その代表として株式発行)によるケースであり、もう1つは、元本や確定利払いを原則的に保証する負債(普通社債発行など)によるケースである。またこれらの中間的な形態として転換社債、すなわち社債として発行されるものの発行時に決められた価格でいつでも株式に転換できる社債(株式転換オプション付きの社債)による場合もある。本稿は、このように社債と株式の両方の性質を併せ持つ転換社債の意義を、最近の経済理論や金融契約論を応用して理論的に説明しようと試みたものである。

具体的には3つの理論を援用した。第1は、ファイナンス理論を用いたアプローチである。企業が新規に資金調達する場合には株式と社債では資金調達コストは変わらない(Modigliani=Miller定理)。しかし、追加資金調達の場合には資金調達コスト自体は変わらないものの、追加資金調達後の株主から追加資金調達前の債権者(社債保有者)へ対価のないままリスクが移転することをここで明らかにした。そしてこの場合の対価を伴わないリスク移転に対処する機能を持つものとして転換社債の1つの意義があることを示した。第2は、契約理論を用いたアプローチである。ここでは、企業の存続に関する権利を株主と債権者のどちらが保有するかによって、それが企業のガバナンスに影響することを明らかにした。そして、企業ガバナンスの視点からみると、転換社債は資金提供者にとって最善の手段(金融契約の方法)であることを明らかにした。ただ、これら2つのアプローチは、いずれも転換社債の機能を幾つかの側面から説明するものの、企業がそれを発行しようとするインセンティブを説明できていない。なぜなら、第1のアプローチによれば、企業が追加資金調達を行う場合、転換社債を発行するか否かは起業家自身の利益には関係のないことであり、また第2のアプローチによれば、転換社債を発行する場合には、株式発行の場合と比べ起業家はモラルハザードのない高い努力水準を絶えず選択することを余儀なくされるからである。この難点を解決するため、第3のアプローチとしてゲーム理論を援用し、起業家が転換社債を発行することの意義を起業家と資金提供者の間における情報の非対称性を考慮したモデルによって説明した。その枠組みによれば、転換社債の発行は、資金提供者(投資家)に対して無理な経営を行わないという意思表示(シグナリング)になるので、資金調達が容易化するという起業家にとって望ましい結果を持つこと(従って起業家には転換社債発行のインセンティブがあること)を示した。以上のように、転換社債が持つ経済的意義は、3つの異なった視点からの理解を総合することによって全体的に明らかになる。


キーワード

転換社債、リスク移転、企業ガバナンス、シグナリング




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