情報技術革新の経済効果

―先行研究の展望と実証分析―

 
 
加藤 卓也  環境情報学部3年

赤野 滋友 総合政策学部2年

岡部研究プロジェクト研究報告書
2002年度秋学期(2003年2月改訂)



 本稿を作成するにあたって、有用なアドバイスを数多く頂いた岡部光明教授(慶應義塾大学総合政策学部)に深く感謝したい。また、研究報告会議(2003年1月18、19日)において有益な議論を交わすことのできた岡部研究会のメンバーにも感謝したい。また第二部については、竹中平蔵研究会において有益なアドバイスを頂いた竹中平蔵慶應義塾大学客員教授(国務大臣金融・経済財政政策担当)、および同研究会のメンバーに感謝したい。

なお、本論文はインターネット上(http://www.okabem.com/paper/)においても全文アクセス可能である。

著者の電子メールアドレス: 加藤 t00238tk@sfc.keio.ac.jp、赤野 s01017sa@sfc.keio.ac.jp

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概要

 

近年における情報技術(IT)の革新は、各種情報の保管・加工・伝達のあり方およびそのコストに革命的な影響を与えている。このため、それは企業の組織や取引形態を大きく変えつつある一方、マクロ経済の効率性を向上させているとの議論が増えている。本稿では、まずIT革新のマクロ経済的影響およびミクロ経済的動向につき、近年の研究を幅広く展望することによって論点を整理し、評価を加えた(第1部)。次いで、日本における情報化の地域間格差の有無とその背景につき実証分析を行った(第2部)。

まず第1部では、IT投資の増大にもかかわらず、経済統計上は生産性の上昇がみられない、という事態が1980年代後半に米国で発生したことを指摘した。この一種の矛盾(生産性についてのいわゆるソロー・パラドクス)は、その後の米国GDP統計の改訂(それにより生産性向上が統計的にも確認された)により解消した。日本に関しても従来から同様の問題があり、それは統計の改訂によって幾分改善されたが、その改訂が不完全にとどまる一方、観察される生産性上昇効果も比較的小さいものにとどまっている。企業活動に着目すると、IT化は人・物・組織のコーディネーション過程を電子化することによって組合わせの自由度を増やす一方、そのコストを大きく低減させる。その結果、企業の組織構造の変化(モジュール化・専門化・小組織化)をもたらす。一方、IT化は、情報量の爆発的増大によって情報検索コストが増大するという問題を持つ。またIT特有の性質(ネットワーク外部性、高い固定費用とゼロに近い限界費用)によって市場に自然独占的な傾向をもたらす。さらに、IT化が進む場合、享受できる便益はIT化進展度合いによって相当異なる面があり、このため各経済主体間、地域間、あるいは国家間で相当大きな差異がみられる。今後、日本企業にとっては組織構造の転換促進、コンテンツ産業の重視が、そして政府にとってはIT関連統計データの充実、知的財産権保護に関する法制度整備などがそれぞれ課題である。

第2部では、日本における情報化(IT化)の経済効果は、地域間でどのような差異 がみられるかに関して計量経済学的な検討を行った。IT革新ことにインターネットの普及は、情報の送受信における地理的制約を解消する効果を持つ。このため、情報面あるいは取引コスト面で従来大都市圏よりも不利な立場に置かれていた地方経済にとって、IT革新は有利に作用する。一方、IT化は経済機能を大都市圏から地方に分散化させ、地域経済を活性化させる面を持つ。このように、IT化は大都市圏と地方に対して異なった影響を与え、また両者の関係を大きく変化させる力を持っている。ここでは、IT化の地域別影響の差異がどのようなものであるかを定量的に分析するため、地域産業連関表を用いて全国9地域における情報化投資額および情報資本ストックを独自に算出し、それをもとにコブ=ダグラス型生産関数および労働需要関数を推計した。その結果、情報化投資の面で先行する首都圏においては、既存労働者の労働生産性を向上させる(効率化する)効果が強いのに対して、地方圏における情報化は、労働者をIT機器が代替する効果(つまり雇用削減効果)が比較的強いことが判明した。このことから、IT化が経済にもたらす影響には、二つの段階があると考えることができる。第一段階は、パソコン等IT機器の導入で人手作業が減少する(雇用削減効果ないし労働代替効果が強く現れる)局面である。そして第二段階は、ネットワーク化やより高性能なパソコン等の導入によって、本支社間の情報共有の度合いや労働者のパソコン利用効率が向上する(効率化効果が強く現れる)局面である。したがって、IT化の進展に伴い、地方圏では、雇用代替に伴う失業に対応するための雇用政策(雇用面でのセーフティネット構築)が重要であり、一方首都圏では、より高速な通信回線の整備、労働者のITスキル向上などが当面重要な政策課題になる。

【キーワード】 情報技術革新、労働生産性、全要素生産性、モジュール化、知的財産権、情報資本ストック、地域産業連関表、コブ=ダグラス生産関数、地域格差




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