(二)夢---夢を持てば能力が高まる

当然のことですが、諸君の人生はただ一回限りのものです。生まれてから死ぬまで、その一回限りです。それを二度やってみたいといっても、それはできません。この一回限りの人生を有意義に生き抜くためにはどのような態度で臨むべきか。本日以降の五回は、それに関するメッセージです。

今日のメッセージは「夢があれば能力が高まる」という考え方、あるいは一つの真理についてです。われわれは皆、人さまざまでしょうが、実現させたい理想という意味での「夢」(dream)を持っています。それは、心に描く一つの理想、あるいは将来の希望です。それは、定義により非現実的なことがらですが、それにもかかわらず、長期的な人生においては、こうした夢を持つことが決定的に重要です。なぜなら、夢、あるいは自分の将来についてのイメージを抱いていれば、それは驚くべきことに(そして幸いにも)多くの場合、実現につながるからです。あるいは、たとえその夢自体は実現しなくとも、それに代わる思いもよらない別の夢の実現へと発展しうるからです。

諸君の場合、いろいろの夢がありうるでしょう。例えば、情報技術を扱う先端企業に入って活躍してみたい、政策系の官庁に入って日本の将来を誘導する仕事に就きたい、自分の手で事業を興してみたい、国際機関に入ってグローバルな仕事をしてみたい、人間社会のあり方を根本的に問い直す研究者になりたい、などなど。こうした自分の夢は大切にし、ぜひ持ち続けてください。まだ大きな夢を描ききれていない人は、自分でぜひ大きな夢を形成してください。夢はあくまで自分で描き、作るものです。第三者から与えられたものは夢ではありえません。

夢を持つことが、なぜそんなに大切なのか。それは第一に、日々なされる様々な判断において、間違いのない大きな指針になるからです。人生は、毎日の小さい判断の積み重ねによって形成されるものですが、夢を持てば、その場合のガイダンスを与えてくれ、日々の判断を的確にしてくれます。そうした小さな積み重ねが、事後的にみれば思いもかけない遠いところまでわれわれを運んでくれるのです。卑近な例でいえば、履修科目を選択する場合にも、将来に関する夢の有無で相当異なったものになるはずであり、夢があればよりよい選択ができるはずです。

第二に、夢はわれわれを前進させてくれる力になり、われわれの能力を拡張してくれるからです。夢は、現実を越えたことがらを意味しているわけですから、それを追求することは、われわれが現実に持っている能力、力量、判断力を高める働きをしてくれる。だから、夢はわれわれの能力を拡張してくれるありがたい贈り物といえるわけです。

夢を持つ第三の意義は、夢があることによってわれわれの努力が苦痛ではなく、より容易なもの、あるいは楽しいものになるからです。夢は自分自身のものですから、それに向かって努力することは、第三者によって強いられる仕事とは異なり、自分自身の喜びになり、生き生きと対応できます。夢を持つことは、幸せをもたらしてくれるゆえんです。

将来についての大きな夢、あるいはイメージを持つことの意義を示す次のような英国の古い話を、本で読んだことがあります。大勢の人が作業をしている広場にある人がやってきて、作業をしている一人の男Aに対して質問をしました。「あなたはここで何をしているのですか」と。すると、その男は答えました。「みればわかるように、ここで毎日、石を積み上げる作業をしているのだ」と。次に、同じ作業をしている別の男Bに対して同じ質問をしました。すると彼はこのように答えました。「私は教会の大聖堂を建築するチームの一員として毎日働いているのだ」と。

このエピソードは、興味ある二つのことを示しています。一つは、第三者からみれば全く同じ作業をしていても、最初の男Aは単純作業をしているという意識しかないのに対して、別の男Bは、教会の大聖堂を建築するという大きなイメージを抱いて作業をしており、本人達の意識は全く異なったものになりうることです。もう一つは、その結果として、同じ作業をしていても、その意味が二人にとって全く異なったものになっていることです。男Aにとっては、この作業は義務として行っている単純作業に過ぎず、工夫を凝らしたり創造性を発揮したりする余地はなく、したがって彼自身にとっても何ら喜びをもたらすものとはなっていません。一方、聖堂完成という大きなイメージを持っている男Bは、全く同じ作業が大きな目標を達成するという創造性を含んだ作業になっており、したがってこれに大きな喜びと生きがいを見いだしています。将来についての大きな夢、あるいはイメージを持つかそうでないかによって、日々の生活が全然変ったものになりうるわけです。

 参考のために、私自身のことを付言しておきましょう。私が諸君くらいの年齢の時、夢は大学の研究者になることでした。しかし、種々の事情や判断から大学卒業後二〇年余りの間、大学とは直接の関係はない仕事に就きました。この間は、当然ながらその時々の任務に精一杯尽くしましたが、一方では当初の夢を捨てることは決してなく、いずれの日にかそれを実現したいと思う気持ちは失いませんでした。そのうち、一九九四年にありがたくもSFCの教員として招聘されることになりました。初志を実現する上では、結局たいへん長期間を要しましたが、幸いにも夢を実現させることができ、今日に至っているというわけです。

 夢は持たねば実現しない。持てばわれわれの能力を高めてくれる。

(「金融経済論」講義より、二〇〇二年四月十五日)





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